あー、頭がぼうっとする。
和気あいあいと楽しそうな声が響くいつものミーティングルームで。
いつものようにパソコンに向かっていたオミがふと自分の異変に気付いた。
適温に保たれているはずなのに時折ぶるりと寒気を感じる。

(これは風邪、だろうな)

風邪をひくようなことはしていないつもりだけど、季節の変わり目だ。
それに最近睡眠を削って作業した日が数日続いた。
理由はこれだろうとうまく働かない頭で考える。
そしてふと目だけで部屋の中をぐるりと見渡した。
いくら仲間だといっても弱っている姿を見せられるほどに気を許していない。
誰一人として気付いていない様子にホッとした気持ちと、少し寂しさが混ざり合う。
これも風邪のせいだと決めてオミは再びキーボードを叩き始めた。
ポーカーフェイスは得意だし、こんな些細な変化に気付く従者はもういない。
自嘲気味に笑いたくなるのを我慢していると、上から声を掛けられた。

「なんか詰まってんのか?」
「へ?」

思わず間抜けな声が出てしまったが仕方ない。
なぜそんなことを聞くのか、声に出さずとも顔に出ていたらしい。
無表情のカゲミツがそれと言って唇を指した。

「お前考え込むと唇を噛むくせがあるだろ?」
「あっ・・・」

そういえば過去にヒサヤにも言われたような気がする。
いや、正確にはヒサヤにしか言われたことがない。
それくらい些細なくせをすっぱりとカゲミツに言い当てられたのだ。
驚いて声を出せずにいると、カゲミツが腰を折ってパソコンの中を覗き込む。

「別に詰まってる訳じゃないよ」

それは本当のことだ。
これで会話も終わりだと思ってパソコンに向き直ると、にゅっとカゲミツの手が伸びてきた。
前触れもなく前髪をあげて晒されたおでこに触れる。
なんだと驚くよりも先にカゲミツがまたもや口を開いた。

「お前、熱あんじゃねーの?」
「へ?」

またもや間抜けな声を出してしまった。
カゲミツは空いてる手で自分のおでこに触れて体温を確認している。

「なんか様子がおかしいなと思ってたんだよ」
「いつから気付いてたの?」
「昼過ぎくらいからかな」

それはオミ自身が自覚するよりも前の話だ。
自分でも気付かなかったのに、どうやらカゲミツは見ただけで気付いていたらしい。
胸の中にほんのりあたたかいものが広がっていく。
なぜかよくわからないけれど安堵してしまう。

「別に急ぎの仕事もねーし帰って休め」

言うより先にカゲミツがパソコンを触ってデータを上書き保存する。

「キヨタカには言っといてやるから早く治せよ」

お前の働きも計算に入れてるんだからと言う間にパソコンの電源を落としていた。

*

ミーティングルームを追い出されたオミは大人しく自宅に帰ってきていた。
帰り際トキオに言われた薬とスポーツドリンクを脇に置いてベッドの中に潜り込んだ。
重い瞼を閉じると、先程ぶっきらぼうにくせを言い当てたカゲミツの顔が浮かぶ。
寝ようと思い、意識の外へ追いやってもなかなかカゲミツが頭から離れない。
熱のある働かない頭でぼんやりとオミは思い浮かべた。

(これはまるで恋みたいだ)

不可思議な感情に名前をつけると急激に眠気が襲ってきた。
早く治せよと言ったカゲミツの顔を思い浮かべたところで、オミは意識を手放したのだった。

些細なことをきっかけに生まれるらしい

by確かに恋だった様(恋ってやつは5題)
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