「俺を捕まえたいんだろ?」 今、絶好のチャンスだよとオミがクスクスと笑う。 両手を広げてほらと挑発してくるところを見ると、これっぽっちも捕まる気なんてないのだろう。 物凄く悔しい。けれどオミが余裕になるのも仕方ない。 ここにいるのは目の前のオミと、カゲミツのたった二人だけなのだから。 もしかしたらオミの方には万能な従者がどこかに控えているかもしれないけれど。 まあ控えていてもいなくても、カゲミツにとって分が悪い状況だということには変わりはない。 不慣れな手つきでポーズとして銃を構える。 だけどオミはそんなことお構いないし煙草を吸い始めた。 手にしていた銃はどうやら懐にしまったらしい。 「呑気だな」 「カゲミツに俺が捕まえられると思わないからね」 クスッと笑って煙草の煙を吐き出す。 かつて自分が見知っていたオミとはまるで別人のような笑い方だと思う。 悪人という言葉がぴったりな笑い方をしているのに、それは厭らしいどころかうっすらと上品さすら感じてしまう。 「お前は俺のことが憎くて仕方ないだろ?」 親父を殺されかけた。 それに俺がアマネと手を組まなきゃ、タマキはお前の前から消えることもなかっただろう。 フッと笑ったオミに考えるよりも先に口が動いていた。 「それは違う!」 「何が違うの?まさか自分のせいで俺がこうなったとでも考えてるの?」 それなら思い上がりだよと急に冷たくなった声に背筋が震えた。 オミが言うこともあるにはあった。 自分の父親のせいでオミや家族の人生は狂ってしまったのだから。 少なからず責任を感じる。 でもオミを憎んでいない理由はもっと他のところにあるのだ。 言おうか、言わないでおくか。 言い淀んでいると、オミが突然大きな声で笑い出した。 こんな状況じゃなければつられてしまいそうなくらいだ。 「変にタマキの影響を受けたのかな?」 お前はそんな偽善者面しないと思っていたよ。 その一言がきっかけで、カゲミツは口を開いた。 「俺は、お前が・・・」 「憎いんだろ?」「好きだ」 オミの茶化す声がカゲミツの声に重なる。 オミが笑うのをやめた。 「昔から好きだったよ」 一生伝えるつもりのなんてなかった。 こんな形で伝えてしまい後悔に襲われる。 でもこんな形でも伝えられたことに喜びも感じる。 もうポーズを取ることにも疲れたカゲミツが構えた腕をだらりと下ろした。 ここでオミに殺されても仕方ないと思えるだろう。 どうせ死ぬのだったら気持ちをすべてぶつけてしまいたい。 対峙してから一歩も近付かず、かといって離れもしない。 そんな微妙な距離を空けたままカゲミツはどさりと床に腰を下ろした。 「師範学校時代、お前はいつも話し掛けてくれた」 俺は不器用で、それにうまく答えられなかったけど、嬉しかったんだ。 そこまで言い終えてオミの顔を窺う。 さっきまでが嘘かと思うほど無表情で話を聞いていた。 「だからお前があんなことになって、何も出来なかったことが悔しくてたまらなかった」 しかもその原因が自分の父親だなんて。 それで親父を殴って家を飛び出した。 J部隊に入って、諜報の技術が上達すればオミを見付けられるんじゃないかと思った。 結果は、こんな形だったけれど。 そこで一息ついてカゲミツが力無く笑う。 「俺にそんなこと思える資格なんてないとわかってる」 お前も迷惑だろ?と聞いてもオミは否定も肯定もしなかった。 ただじっと一点を眺めている。 「だからさ、お前の気が済むなら俺を殺せよ」 手にしていた銃を床に滑らせてカゲミツはごろりと寝転がって天を仰いだ。 これで言いたかったことは全部伝えられた。 オミからすればいい迷惑かもしれないけれど。 いつでも来いとばかりに目を閉じて大きく息を吐き出した。 ツカツカとオミの近付いて来る音が聞こえる。 いよいよだ、両手を胸の前で組んで最期の準備を整えた。 「俺に対してそんな風に思ってたんだね」 てっきり冷たい銃口に撃ち抜かれて人生が終わると思っていたのに、どうやらオミは話を続けたいらしい。 仕方なくうっすらと目を開くと、オミが寝転がった体の上に跨がってきた。 銃を持っているのだからそれで殺されると思っていたけど違うのだろうか? どうせ殺すなら一思いにやって欲しい。 ちらりとオミを見上げると、さっきのようにクスクスと笑って口元を手で隠した。 「意外だったよ」 言葉とともに体にグッと力が入れられる。 どうやら最期の願いは聞き入れられないらしい。 諦めて力を抜くと、激しい窒息感が襲ってきた。 つもりつもった恋の果て 筑波嶺の峰より落つるみなの川 恋ぞつもりて淵となりぬる その先は、誰も知らない back |