ぜんぶ、おわった。

長かったナイツオブラウンドとの戦いに終止符が打たれた。
ナイツオブラウンドは崩壊、アマネの行方はわからないもののオミやその他の幹部クラスの奴らの捕らえることが出来た。
こちら側の勝利と言っていいだろう。
しかしその勝利を得る為に払った犠牲は大きかった。
数日前に見た世話になった上司の姿を思い出して、せり上がりそうになる嗚咽をぐっと抑える。
端麗な容姿はいつもと変わらない。
いつもと違うのは彼女が目を閉じていて、棺の中に入れられていることだ。
彼女はナイツオブラウンドとの戦いの中で命を落としてしまったのだ。
絶命した彼女を見たときは少なからず動揺した。
しかし激しい戦闘の最中、それを顔に出すことは出来なかった。
それが上司であった彼女の教えだったからだ。

混乱を極めながらも組織は何とか最低限立て直し、そしてつい数日前に彼女の葬儀が行われたのだ。
お経を読み上げる住職、見覚えのある奴らがみんな黒い服を着て泣くのを堪えている姿を見ても俄かには信じがたかった。
目を閉じたままの彼女が乗せられた車を見送っても、まるで現実味がなかった。
そして今日。
どことなく空虚な気持ちを紛らわせる為に一人でバンプアップで飲んでいて、唐突にすべてを理解した。
強くて優しくて頼れる彼女はもうこの世にはいないのだと。
グッときつめのアルコールを喉に流し込む。
理解してしまえば素面の状態で冷静さを保てる自信がなかった。

「おう、お前もいたのか」

しばらく他に客のいないバンプアップで酒を煽っているとカゲミツが入ってきた。
確認も取らずにどかりと隣に腰掛ける。

「マスター、いつもの」

そう声を掛けるとカゲミツは口を閉じてしまった。
トキオも特に話すことはないので黙って酒を流し込む。
結局その沈黙はカゲミツがおかわりとオーダーした酒が半分以下になるまで続いた。
話さないならひとつでも空けて座ればいいのにという感情もその頃にはすっかりなくなっていた。

「全部、終わったんだな・・・」

ぽつりと吐き出された言葉は酔った頭にも何のことか理解出来た。
口を開くのが億劫で黙って聞いているとカゲミツがこちらを向いた。

「お前もいろいろ大変だっただろ」

お疲れ様。
その6文字で堪えていた涙がぽろりとこぼれた。

自分の腕に顔を埋めて嗚咽を漏らすトキオの肩にカゲミツが優しく触れる。
カゲミツがどんな顔をしているかはわからない。
人前でこんな姿を見せるのは初めてだった。
それを受け入れるように肩を撫でてくれるカゲミツのおかげで、しばらくすると落ち着くことが出来た。
それでもまだ顔は上げられる状態ではないけれど。
肩にあった温かい人肌がすっと離れる。

「俺、もう帰んなきゃ」

ナイツオブラウンドが崩壊したからといって、部隊の仕事がなくなる訳ではない。
立ち上がりそうになったカゲミツの腕を掴んだのは無意識の行動だった。

「もう少し、此処にいてよ」

黙って隣にいてくれる、それだけでもトキオの心は救われていたのだ。
埋まらない気がしていた空虚感が薄れていくような。
まだ涙で霞む目でカゲミツを見ると困ったように笑って頷いた。

「なんかお前らしくねぇな」

そう言って座り直して、トキオが帰るというまで黙って隣にいてくれたのだ。

部隊の中でもさして仲良くもないカゲミツにこんな姿を見せたのは自分でも予想外だった。
しかし存外それは嫌なことではなかった。
帰り際また一緒に飲んでくれるかと問えばいいぜと返ってきてホッと息を吐き出す。
カゲミツに別れを告げてから見上げた夜空に、もう大丈夫ですと声を出さずに呟いた。

もう少し此処にいてよ

天つ風雲のかよひ路吹きとぢよ
乙女の姿しばしとどめむ

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