「たまには季節を感じようじゃないか」 そうオミに言われたとある秋の日。 夜に迎えに行くからと付け加えられ、ぶつぶつ言いながらもしっかりと出掛ける準備をしてカゲミツは待っていた。 やって来たオミは詳細を教えることなくカゲミツを車に乗せて夜の街を走り出した。 昼よりも眩しく感じるネオンを横目で見ながら尋ねる。 「どこに行くんだよ?」 「季節を感じに行くんだよ」 「答えになってねぇ」 これ以上聞いても、きっとオミははぐらかして答えないだろう。 カゲミツは黙ってだんだんと車が街から離れていくのを窓から眺めていた。 一体どれくらい走ったのだろうか。 いつの間にか寝てしまったカゲミツだったけれど、車が止まったことに気付いて目が覚めた。 先程まで感じていた眩しい光はない。 「ここはどこだ?」 「あ、起きた?」 周りを見回しても暗くてよく見えない。 オミが車内のライトをつけて、ようやく木々に囲まれているということがわかった。 「山・・・?」 「そう、季節を感じに行くって言ったでしょ?」 手に懐中電灯を持ったオミが外に出るようにと促す。 カゲミツが淀んでいると、スッと手を握られた。 「ちょっとだけだから」 握られた指が存外頼もしくて、オミに手を取られたままカゲミツも車を出た。 「耳を澄ませてみて」 「おう」 風で木々が揺れる音に混じって、虫の鳴き声が聞こえる。 涼しげなその音色はカゲミツも知っているものだった。 「・・・鈴虫?」 「正解」 オミがニッと笑うのがわかった。 「秋らしいだろ?」 確かにオミの言う通りだ。 黙ってその音色に耳を傾ける。 「カゲミツ、見上げてみなよ」 オミの言葉に目を開いて見上げてみれば、真ん丸のお月様が飛び込んできた。 普段見るよりも存在感がある。 「綺麗な」 「そう言ってくれて良かった」 繋がったままの指先にぎゅっと力が込められる。 しばらく季節を感じていた二人だったが、オミの帰ろうかという言葉で車に戻った。 名残惜しく感じながらも、車は街へと続く道を走り出す。 「急にどうしたんだよ」 「こういう仕事だと情緒がないからね」 来る前に言われていたら、きっといらないと突っぱねていただろう。 しかし実際は仕事漬けの毎日で疲れた心が癒されたような気がする。 「鈴虫がなぜ鳴くか知ってるかい?」 「求愛行動だろ」 「正解、たった二ヶ月しかない命で恋を求めて鳴いているんだ」 儚くて美しい。 ぽつりとそうこぼしたオミの横顔がいつもと違って見えた。 「じゃあどうして俺が鈴虫の鳴くあの場所に連れて行ったのかわかるかい?」 気分転換、という訳ではなさそうだ。 どう答えるべきかと迷っていると、オミがクスクスと笑った。 答えがわからずその横顔を見つめる。 信号が赤になってオミは車を止めた。 「あの鳴き声は俺の気持ちだ」 顔を見ながら真面目にそんなこと言うなんて、ずるい。 好きだと面と向かって言われるよりも心を揺さぶられてしまう。 信号が変わって車が走り出しても、オミの顔を見ることが出来なかった。 だんだんと眩しくなっていく窓の外を見ながら、カゲミツはぽつりと呟いた。 「今日、お前の家に行きたい」 「了解」 カゲミツの家までもう少しのところまで来ていた車が、オミの家へと方向を変えて走り出した。 恋を求めて鳴くあの声は僕の声だ 奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋はかなしき back |