「今日飲みに行きませんか?」

二人きりで。
手には報告書を持ち、いかにも仕事の話という体裁を守りながらキヨタカに声を掛けた。
報告書を受け取りながらほうと感心したような声を上げた。
こちらもあくまで仕事の話をしているように。

「二人きりで、だな」

「きり」の部分を強調してキヨタカはヒヤリと人の悪い笑顔を浮かべる。
そんな笑顔さえ格好良いと思ってしまう自分は相当重症だ。
マキがそんなことを考えていると、キヨタカがわかったと言い二人の会話は終わった。
仕事が終わるまであと二時間ちょっと。
明日は自分も休みだし、キヨタカが休みなことも確認済みだ。
どきどきと高鳴る胸を抑えて、タマキは自分のデスクに戻った。



「今日はバンプアップ以外のところに行きませんか?」

仕事が終わり、とりあえず一度ミーティングルームを出てからキヨタカにメールを送る。
すぐに了承の返事が来て、二人は駅前で待ち合わせすることになった。

約束通りにやってキヨタカと落ち着いた雰囲気の居酒屋に入る。
好みに合うかはわからないが評判がいい店であることはリサーチ済みだ。

「洒落た店を知ってるじゃないか」

席に着くとキヨタカにそう言われて嬉しくなる。
キヨタカと二人で来る為に調べたのだから。
キヨタカはウイスキー、タマキはカクテルと料理を適当に注文した。

「何かあったのか?」

タマキから誘ってくるなんて珍しい。
心配そうな優しい声を出しながら口はニヤリと歪め、真っ黒な瞳に見つめられる。
まるですべて見透かされている気分だ。

「ただ、隊長と一緒に飲みたかっただけです」

しどろもどろになりながら答えると、キヨタカはそうかと笑った。
まだ飲んでもいないのに赤くなりそうな顔をどうしようかと考えていると、タイミングよくグラスが運ばれてきた。

*

店に来てからもう二時間半が過ぎようとしていた。
いつもより多くグラスを空けているのには理由がある。
今日の目的はキヨタカと二人で飲みに行くことではないのだから。
まだ意識はしっかりしているけれど、へにゃりと酔っている風に笑う。
わざとふらつきながらトイレに立ち、帰ってくるとキヨタカが会計を終わらせていた。

「おれが払います」
「部下におごられたら格好がつかないだろ」

帰るぞと立ち上がったキヨタカに、ふらりとよろめいて寄り掛かる。
予想通り支えてくれた顔を見上げると、思ったより近い距離で目が合ってどきりと胸が跳ねた。

「飲み過ぎだ」

身体を支えたままキヨタカが歩き出す。
そのままタクシーに乗せられてタマキが口を開く前に行き先を告げられた。

タクシーに乗っている間はずっと目を閉じてじっとしていた。
キヨタカの降りるぞという声にまぶたをゆっくりと上げると、そこは予定通りキヨタカの家の前だった。
ふらふらと覚束ない足取りでタクシーを降りてまたキヨタカの腕に抱き着く。
すると店を出るときのように身体を支えられて、二人は家の中に入った。

リビングのソファーに横たえられて、キヨタカはコートを脱ぐより先に水の入ったコップを持ってきた。
身体を起こしてありがとうございますとそれを受け取る。

「酔ったフリなんかせず家に行きたいと言えばいいだろう」
「・・・バレてたんですか」
「当たり前だ」

眼鏡を指先で押し上げる、その仕草が似合い過ぎて見とれそうになる。
顔が赤くなりそうで、慌ててグラスを口につけて隠した。

「で、ただ家に来たかっただけじゃないんだろう?」

用件はなんだとわかった顔で聞いてくるキヨタカはずるい。
ふわりと微笑んだ顔は仕事中にはない色気を含んでいる。
タマキは一瞬俯いてから顔を上げた。

「溶け合いたいなんて、ダメですか?」

恥ずかしさで顔が熱い。
間違いなく真っ赤になっていることだろう。
酔ったフリまでしたのは、つまりそういうことだ。
じっと整った顔を見つめていると、キヨタカがフッと笑った。

「上出来だ」

手にしていたグラスを奪い取られたかと思えばお姫様だっこをされて思考がストップする。

「心行くまで溶け合おうじゃないか」

低い声でそう囁かれてしまえば、タマキはこくんと頷いてキヨタカの首に腕を回すことしか出来なかった。

コーヒーにミルクが混ざるときみたいに

by確かに恋だった
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