夕方、仕事を終えていつもの帰り道とは違う道を歩く。
何か買って行くべきか。いや、彼に言わせるならば何か買って帰るべきか。
ほんの些細な違いに喜びを噛み締めながら、タマキは立ち並ぶ店を眺めていた。
今日の彼は非番だった。
ということは、夕食は恐らく彼の手料理が振る舞われるだろう。
メニューまで予想は出来ないけれど、ワインなんかどうだろうか?
次の角を曲がれば、彼がよく寄る店がある。
少し、覗いて行こうみようかな。
そう考えたけれど、結局タマキはそのまま曲がることなくすたすたと足を進めた。

「タマキはうちに帰ってくるんだ、手土産なんて必要ない」

そう言った彼の言葉を思い出したからだ。
それに舌の肥えた彼に適当なワインを渡すことも気が引けた。
本当の理由を理解しながら、誰に言う訳でもない嘘の理由を塗り重ねる。
結局手土産を買わないことにしたタマキが、ふと右手に水滴を感じて目線をやった。
気のせいかと思ったけれどそこにはやはり水滴がついていて。
まさかと思って見上げたと同時に、空から大量の雨粒が降ってきた。

今日の降水確率は10%だと、朝の情報番組で言っていたのに。
これはいわゆるゲリラ豪雨とやらなんだろうか。
冷たい雨に打たれながらタマキは小走りになりながら彼の家を目指していた。
前を歩く通行人は近くの店に避難してしまい、今雨に打たれているのはタマキだけだ。
自分も雨宿りすればいいのかもしれない。
多分じきに何事もなかったかのようにこの雨はおさまるのだろう。
けれど、それじゃあ手土産をやめた意味がない。
急いで来たらどうやらいつもの倍ほど早く着いたらしい。
彼の家のインターフォンを鳴らすと、やはり料理中だったらしいキヨタカがドアを開けた。

「雨宿りしてこれば良かっただろう」

開口一番にそれですか?
よく来たなとかお疲れ様とか、もっと言うならおかえりとか?
いろいろ言うべき言葉はあったんじゃないだろうか。
内心むっとしたことに気付かないまま、キヨタカはタマキを迎え入れた。

「いつ止むか、わからないじゃないですか」
「だからって、そんなにびしょびしょに濡れてまで来ることはないだろう」

走ってはきたものの。
シャツはうっすらと肌色が透けるほどだし、スラックスは全面色が濃くなっている。

「どうして雨宿りしなかったか、わからないんですか?」
「ああ、わからないな」

キヨタカはそう言いながら眼鏡を押し上げた。
絶対に、わかって言っている。

「それはあなたに会いたかったからですよ、一分一秒でも早く」

かつての自分ならばきっと真っ赤になってどもってしまっていたことだろう。
慣れとは凄いもので今はキヨタカが求めている言葉を照れもなく言えてしまうのだ。
だけど、まだまだキヨタカの方が一枚上手だった。

「風邪をひいてしまったら早く来た意味がないだろう」

不意打ちでキスをしておいて、何ともないように言うのだ。
何も言い返せないでいると、シャワーを浴びて来いと肩を押された。

「出来立てをと思っていたが、今日は無理そうだな」

バスルームに向かう背中にぽつりと呟いたキヨタカの声が聞こえる。
せっかく作ってくれたのに申し訳ない。
そう思ったタマキがキヨタカの真意に気付いたのは、シャワーを浴びた後のことだった。

降水確率10%
(予想外の雨に、感謝)

ついった診断メーカーより
濡れたシャツを着たままで不意打ちのキスをされているキヨタマを妄想してみよう。

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