最近、カゲミツは家に帰っても仕事ばかりしている。
いつも一緒に食べていた夕食も、最近はタマキ一人でカゲミツには軽食を渡すだけとなってしまった。
自分達の為に頑張ってくれているのはわかる。
けれど同じ家に住む恋人なのに、食事も寝るのも別々で、言葉すらまともに交わさないのはさすがに寂しい。
ここ数日、タマキはそんなモヤモヤとした気持ちを燻らせながら過ごしていた。

そんなある日のこと。
今日もほとんど会話をしないまま二人はミーティングルームに来ていた。
着いて早々定位置に座りパソコンを開くカゲミツにタマキは何も言うことが出来ずに自分のデスクに座る。

(カゲミツは話せなくても寂しくないのかよ)

心の中で、こっそり悪態をついてみてもカゲミツの視線はパソコンを向いたままだ。
捲ったツナギから伸びる手が少し痩せた気がする。
いい加減今夜あたり、ちゃんと食事をさせた方がいいな。
タマキが今晩の献立を考えていると、ふとオミの話す声が耳に入った。

「カゲミツ、こっち向いて」
「ん」
「ほら」

カゲミツと名前を呼んだのが気になってそちらを見遣ると、オミがカゲミツの口に何かを入れているところだった。
オミの手に視線を移動させると、どうやら栄養剤のようなものらしい。
その瞬間、タマキの中に燻っていたモヤモヤが静かに爆発を起こした。
家で自分が食べるように勧めても後でと断って食べなかったのにオミの言うことなら聞くのかとか。
自分の恋人なのに人に面倒を見られているのが面白くないとか。
それがまるでいつもの光景かのように自然に受け取ったカゲミツとか。
今晩の献立を考えるのをやめ、本を読んでいたカナエに近付いた。

「今晩空いてないか?」
「空いてるけど、どうしたの?」
「久し振りに二人で食事でもどうかと思って」

少し大きめの声を出したのはわざとだ。
カナエが困ったように眉をひそめている。

「カゲミツ君はいいの?」

意外と嫉妬深いカゲミツに気を遣ってカナエが小声になる。
だけどそんなことお構いなしだ。

「一人の夕食は寂しいんだ、カゲミツは今夜も忙しそうだし」

迷う素振りを見せたカナエだったけれど、少しの間を置いてわかったと頷いた。
カナエから離れ、自分のデスクに戻る。
すると、むすっとした声に名前を呼ばれた。

「タマキ」
「何?」

振り返ると、見事な仏頂面のカゲミツがタマキを見下ろしていた。
タマキも負けじと冷たい顔で見返す。
何か言いたそうに少し口が動いたけれど、結局何でもないとカゲミツは定位置のソファーに戻っていった。

*

カナエとの食事は楽しいものだった。
最近ずっと一人だったから尚更かもしれない。
ようやく帰ろうとなった頃には、店に入ってから数時間が経過していた。
アルコールも入り、上機嫌で自宅のドアを開く。
すると、そこには不機嫌な顔のカゲミツが立っていた。

「楽しそうだな」
「ああ、久し振りに楽しい夕食だったよ」
「そうか」

むすっとしたままカゲミツが踵を返した。
何か言いたそうな顔をしているくせに、何も言ってこない。
そんなまどろっこしい態度にタマキが焦れた。
どんと壁を叩いて低い声で問い掛ける。

「言いたいことがあるなら言えよ」

一瞬びくりと肩を揺らして立ち止まったカゲミツだったが、ゆっくりと振り返った。
視線を斜め下に落としながら小さな声でポツリと言葉をこぼす。

「他のヤツと食事に行って楽しかったって言われたら嫌に決まってんだろ」
「それは最近カゲミツが一緒に食べてくれないじゃん」

他のヤツと仲良くしているのはカゲミツだってそうだ。
昼間の光景を思い出してタマキが頬を膨らませる。

「それにカゲミツだって今日オミに何か食わせてもらってだろ」

俺だってあんなものを見せ付けられたら気分が悪い。
アルコールのせいか素直な気持ちを吐露したタマキに、カゲミツが数回ぱちぱちと瞬きをしてからフッと笑顔を見せた。

「何笑ってるんだよ」
「いや、俺らお互いに嫉妬し合ってたんだなと思ったら」

カナエと食事に行くと聞いて、カゲミツも嫉妬していた。
そう言われて、タマキもようやく何が言いたいのか理解出来た。

「カゲミツが最近仕事ばっかで構ってくれないから」
「早く終わらせることばかりに気が向いてた、ごめん」
「俺も仕事だってわかってるんだけど、寂しくて・・・」

カゲミツの胸に寄り掛かると、背中に腕が回された。
久し振りに感じる恋人の体温。
目を閉じてその温もりを存分に確かめる。

「これからどんなに忙しくても食事は一緒に取ること」
「うん」
「あとちゃんと寝ること」
「わかった」

カゲミツの腕をなぞると、やはりちょっと細くなっているような気がする。

「ちょっと痩せたんじゃないのか」
「わかんねぇけど、タマキがそう言うんなら痩せたかも」
「仕事のし過ぎで倒れたら、許さないからな」

掴んだ腕に力を込めると、カゲミツがうんと小さく頷いた。

しばらくそのまま無言で抱き合っていた二人だったが、ふとカゲミツが腕を離した。

「もうちょっとやらないと」
「カゲミツ」

さっきの約束はと問い詰めるようにタマキが見上げる。

「本当にあと少しだけ」

今日は一緒に寝るから、先に風呂に入っててくれないか?
そう付け加えられたらそれ以上は何も言えない。
準備の為にバスルームに向かおうとしたタマキの腕をカゲミツが小さく引っ張った。

「あとちょっと頑張る為に応援してくんねぇか?」

少し屈んでタマキの口元にほっぺたを差し出す。

「頑張り過ぎるなよ」

呆れた声を出しながらも、タマキは差し出されたほっぺたにキスをするのだった。

Jealousy
(好きだからこそ、嫉妬もしちゃうのです)

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