「カゲミツ、好きだよ」

今目の前で愛の言葉を囁くタマキは、かつて愛した人の一切を覚えていない。
柔らかく微笑み、甘えるように寄り添ってくるのはずっとそうしたいと願っていたタマキだ。
昏睡状態の間にカナエと二人で逃亡した、そう聞かされたときはもう一生会うこともないだろうと思っていた。
しかしあれから一年後、タマキは再びJ部隊に戻って来た。
しかも、カナエという存在を完全に忘れて、だ。
部隊のメンバーは仲間を裏切ったタマキの復帰を快く思っていなかったみたいだ。
だけどカゲミツは記憶をなくし、仲間から冷たく当たられるタマキを放っておくことが出来なかった。
また会えたことがただただ嬉しい。
以前と変わらない優しい態度で接するカゲミツに、タマキが心を開くまでにそう時間は掛からなかった。

程なくしてカゲミツ念願の恋人という関係になった二人。
ソファーでテレビを見ているタマキの隣に、腕が触れ合う程の近い距離で座ると幸せそうにはにかむ。
名前を呼んで目を閉じれば、呆れた声を出しながらも優しく唇が重なる。
ずっとずっと夢見ていた光景が、今目の前にある。
心で狡いと自覚していても、この幸せを手放すことは出来なかった。

「なぁタマキ、俺の隣からいなくならないでくれよ」
「何言ってるんだよ、当たり前だろ」

カゲミツこそ、この手を離さないでくれよ。
そう言って絡められた指が温かくて、安心したのになぜか涙が出そうになった。



ずっとこのままで、そう思った幸せな時間は長くは続かなかった。
タマキがすべてを思い出し、カナエが部隊に復帰した。
離さないでと言ったその手が、遠くなるのを嫌でも感じてしまう。
カナエを見つめるタマキの表情は、今自分に向けられるものとは全然違う。
タマキはまだ・・・、分かっていても自分からその温もりを手放すことは出来なかった。


「カゲミツ、話があるんだ」

だけどそうタマキから切り出されたとき、覚悟を決めた。
今までぴったりとくっついていた二人の距離が、今は少し離れているなんてもちろん気付いている。
神妙な顔のタマキに、カゲミツも姿勢を正して座り直した。

「俺、やっぱり・・・カナエの力になってやりたいんだ」
「・・・」
「都合がいいって分かってる、でも、別れて欲しい」

しっかりと目を見据えて。
真っ直ぐに告げられた言葉は予想していたよりも心にぐさりと刺さった。
そこまで言われてどうやって首を横に振ればいいんだ。
別れたくない、そんな言葉はもうとっくの昔にかなぐり捨ててしまっているというのに。
タマキが好きだ、だけど不自然な笑顔を向けられるくらいなら、他の人の隣でも自然に笑っていて欲しい。
これも惚れた弱みってやつだろうか。
今にもこぼれそうな涙をこらえて、息を吐き出した。

「・・・わかった」
「ごめん・・・」
「謝らないでくれよ、俺も狡いって、分かってたから」
「それは俺も、」

言いかけた言葉を軽く首を振って止める。

「今までタマキが言ってくれたこと、嘘じゃないって信じてる。だから俺はその思い出だけで充分なんだ」
「カゲミツ・・・」
「だからさ、その思い出を否定しないでくれよ」

そこまで言ってしまえば、ぽろりと涙が頬を一筋伝った。
涙を見せるつもりなんて、なかったのにな。
タマキは黙ったまま俯いていたが、やがて顔を上げて頷いた。

「今までありがとな」
「俺の方こそ、ありがとう」
「今度は絶対手を離すんじゃねーぞ」
「・・・うん」

時間なんて気にしてないのに、時計を見上げて立ち上がった。

「じゃあ俺そろそろ帰るわ」
「うん、気をつけてな」
「おう、また明日な」

この何ヶ月かの間、何回も繰り返した挨拶を交わす。
玄関まで見送ってくれたタマキに手を振り、ドアが閉まったのを確認したら思わずしゃがみこんでしまった。
冬の風に吹かれて冷たい指先をじっと見つめる。
思えばまるで夢のようなひとときだった。
だけどあの温もりは、確かにこの手に残っている。
残った温もりを包み込むように手を握り締め、寒い冬の夜に一歩踏み出した。

過ぎ去れば夢のよう

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