夜の21時を過ぎたミーティングルーム。 隊員達を帰した後もキヨタカは一人自分のデスクで資料と向き合っていた。 そろそろ帰ろうか、でももうちょっと頭を整理したい。 頭の中で軽く葛藤しながら、それでもしっかりと資料に目を通していると、カチャリと音を立ててドアが開いた。 どうせヒカルかカゲミツだろう。 そう見当をつけてちらりと音の方を見遣る。 そこに立っていたのは予想していたヒカルでもカゲミツでもなかった。 顔を赤くさせ、ドアに軽く寄り掛かるように立っているのは数時間前に帰ったはずのタマキだ。 少し据わった目に酔っているのだと見て取れる。 「どうした?忘れ物か?」 手にした資料を置いてキヨタカは微笑む。 しかしタマキはその問いに答えることなくズカズカとキヨタカのデスクの前までやって来た。 「隊長はまだ帰らないんですか?」 「いや、もう帰ろうと思っているのだがなかなか区切りがつかなくてな」 そう苦笑すると、タマキがドンと両手をデスクについた。 その顔はむすっとしたような、それでいて泣きそうな表情だ。 タマキの真意が読み取れない。 「最近ちゃんと休んでますか?」 「部下に心配されるようじゃいけないな」 大丈夫だと笑うと、タマキはデスクについた手をぎゅっと固めた。 顔は下を向いてしまい表情がわからない。 「俺は本気です、隊長が、隊長が、好きなんです」 ぽつりとこぼした言葉は静かな部屋によく響いた。 好きという言葉にはふたつの意味がある。 恋愛的な意味と、そうでない意味と。 今のタマキの言葉は雰囲気からみて前者のように思えた。 しかしあえてわからない振りをしてやる。 「俺もタマキが好きだぞ?」 ニッコリと日頃と同じような笑顔を向ける。 間違ったことは言っていない。 いつものタマキならばここで引き下がっていただろう。 しかし今は生憎目が据わるほどに酔っ払っている。 ちらりとこちらを見て静かな声でタマキは言った。 「俺が年下だからって、からかってるんですか?」 思わぬ一言にキヨタカは息を飲んだ。 タマキからそんな言葉が出てくるとは予想だにしていなかった。 言葉を探していると真っすぐなタマキの視線を感じた。 キヨタカが口を開く前に言葉を重ねる。 「確かにまだ子どもかもしれませんけど、本気ですから」 酔った勢いかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。 というか、酔った勢いじゃないと口に出来なかったのだろう。 それほど本気なんだとタマキの態度が物語っている。 タマキの気持ちは嬉しい。嫌な訳がない。 しかしこのまま簡単に頷いてしまえることでもないのだ。 デスクを挟んだ向こうにいるタマキの頭をポンポンと撫でる。 「気持ちは嬉しいが、タマキに俺はまだ早いな」 「年の差は埋められないのに、そんな言い方ずるいです」 努めて冗談ぽくしようとしても、タマキはそうさせてくれない。 同性同士の恋愛なんてそう簡単なものではない。 そのへんをタマキは分かっているのだろうか? 「俺達は同性だ」 「気持ち悪いですか?」 その答えはノーだ。 もとよりキヨタカは男女どちらでも構わないタイプではあるけれど。 しかしこのままタマキをこの道に引き入れていいものか? 決して良くはないだろう。 タマキを好きな気持ちはある、けれど上司としては幸せに生きて欲しい気持ちもあるのだ。 「周りがどんな目で見ようと、俺の気持ちは変わりません!」 そんな葛藤が表情に出ていたのか、タマキは強い口調でそう言った。 そんな簡単なものではないと窘めようと口を開きかけたとき、射るような視線を感じて顔を上げた。 「はぐらかさないで、ちゃんと俺と向き合ってください」 それは任務のとき以上に強い意思を持っているように見えた。 (逃げているのは、俺の方・・・か) いろいろ理由をつけてはぐらかそうとしていた。 これから先、大変なこともあるかもしれない。 幸せに生きて欲しいと願ったけれど、自分がタマキを幸せに出来ない訳ではない。 むしろ他の誰よりも幸せにしてやろうじゃないか。 いろいろな葛藤が吹き飛んだキヨタカがニヤリと笑った。 自信に溢れる不敵な笑みだ。 「もう他の奴のことなんて、考えられなくなるぞ?」 その言葉に隠された意味を理解して、タマキがハッと息を詰める。 「いいんだな?」 念を押してくるキヨタカに、タマキは熱くなる顔を抑えることが出来ない。 恥ずかしくてまともに顔を見ることすら出来ない。 「タマキ」 「よろしくお願いします・・・」 急かすように名前を呼ぶキヨタカに、さっきとは打って変わって小さな声でタマキは答えた。 満足そうに笑ったキヨタカが資料をデスクにしまい立ち上がった。 「じゃあ帰ろうか」 差し出された手を恐る恐る掴む。 重ねてぎゅっと力を込められた指に、言いようのない幸せを感じたのだった。 二人の距離の縮め方 by確かに恋だった様(年上に恋する彼のセリフ) back |