「タマキは無防備過ぎる」

それは二人向き合って夕食を取っているときのことだった。
おもむろに口を開いたカゲミツを黙って見上げる。
その顔は、珍しく少し不機嫌そうだ。

「無防備って、俺はいつも周りを見てるぞ」

任務のことだと思ったタマキがムッとして言い返す。
もちろんカゲミツが言っているのはそう意味ではない。
どう説明しようかと重い溜め息を吐き出しのが、タマキの癪にさわった。
ガタンと大きな音をたてて立ち上がり、食べかけだった食器を持ってすたすたとキッチンへ歩き出した。

「おい、タマキ!」
「俺は任務で気を抜いたことなんてない!」
「ちょっと待て、俺の話を聞けよ」

カゲミツの呼び掛けも虚しく、食器を洗いタマキは部屋に入った。
バタンと音を立てて、カチャリと鳴ったから鍵まで閉めてしまったのだろう。
一人取り残されたカゲミツがもう一度息を吐き出す。

「俺は任務のことなんて言ってねぇよ・・・」

けれど今は何を言っても聞き入れてくれる雰囲気はない。
カゲミツも立ち上がり、キッチンへ向かった。


カゲミツが無防備だと言った理由。
それは自分以外の人間に対してのことだ。
例えばアラタに抱き着かれても笑っているだけだったり、キヨタカに頭を撫でられ恥ずかしそうに目を伏せたり、トキオに尻を揉まれたり。
タマキの人を疑わない性格は知っているし、そこに惚れた部分もある。
しかしどうしても恋人としてはヤキモキしてしまうのだ。
それに伝えたところで理解してもらえる自信がない。
タマキは悪気がないのだ。
言ったところでなんでと返されるのが目に見えている。
自分が我慢すればいいと思っていた。
けれどカナエとソファーで肩を寄せ合って眠っている姿はさすがにカゲミツも我慢が出来なかったのだ。
今は自分と付き合っているとはいえ、相手は過去に関係があった人間だ。
疑いたくはないけれど、もしかしてまだ、と嫌でも考えてしまう。
考えてしまえば、背筋が冷え胸が裂けそうなほど苦しくなるというのに。

「俺の気持ちも考えてくれよ」

ぽろりとこぼれ落ちた言葉は誰にも聞こえることなく宙に消えた。

そのまま会話することなく翌朝を迎えた。
眠たい目を擦りながらリビングに入ると、タマキは一人でパンを食べていた。

「おはよ」
「・・・」

挨拶をしたらプイッと顔を逸らされてしまった。
タマキはまだ昨夜のことを怒っているようだった。
いつもならばここでカゲミツが折れて仲直りするところだけど今回は違った。
話を聞こうともしてくれないタマキに、今まで溜め込んできたものが爆発してしまったのだ。
ドスドスと歩いてキッチンに向かい、トースターにパンを入れる。
その間に食べ終われったタマキは食器を洗うよりも先に洗面所に向かった。
顔を合わせるのも嫌らしい。
カゲミツもムスッとした表情のままパンを頬張り、バラバラにミーティングルームへと向かった。

カゲミツがミーティングルームに着くと、タマキはカナエやアラタと楽しそうに談笑していた。
気分が悪い。
不機嫌な顔のまま席に着くオミがやって来た。

「どうしたの?」
「何が」
「タマキと別々に来るなんて、何かあったとしか思えないだろ」
「別に、なんでもない」

語気を強めて言うとオミは引き下がった。
パソコンを立ち上げ仕事に集中しようとしても、時折聞こえるタマキの笑い声が耳に入る。
小さく舌打ちをして、ヘッドフォンに手を伸ばした。

そのままお互い会話をせず、視線が交わることもないままに一日が終わってしまった。
帰り支度をするカゲミツにオミが声を掛ける。

「今日一緒に飲みに行かないか?」

いつもならタマキがいるからと断るところだけど、今日は酒でも飲んで気分を晴らしたかった。
コクリと頷き、オミと二人でミーティングルームを出た。

*

個室の居酒屋に入り乾杯をしてからもう一度何があったのかとオミは尋ねた。
朝は何もないと言い張ったカゲミツだったが、アルコールが入ったせいか喧嘩をしたこと、その理由もあっさりと白状した。
強くもないのに勢いよくビールを流し込み、つらつらとタマキへの不満を口にするカゲミツは相当珍しい光景だ。
話を聞く限り、タマキがそう言われるのも致し方ないと思ったのだけど。
早々に酔い潰れたカゲミツをタクシーまで運び、自分の家まで連れていく。
飲み過ぎて気持ち悪いのか、時折寝ながら眉をひそめている。
触り心地のよい金髪を撫でながら、ツナギのポケットから携帯電話を取り出した。

「カゲミツ、今何時だと思ってるんだ?」

かけた先はカゲミツの恋人であるタマキの携帯。
不機嫌そうだけど、心配も混じった声だ。

「おい、聞いてるのか!?」
「聞いてるけど残念ながら俺はカゲミツじゃない」
「オミ・・・?」
「カゲミツは話も聞かずに恋人のことを考えられない自分勝手な奴のところには戻りたくないってさ、じゃあね」

そう告げて電話を切った。
話を聞いてくれない、俺の気持ちを考えてくれていないと言ったのは確かにカゲミツだ。
それにあえてタマキが怒るような言葉をオミは付け加えた。
ああ言っておけば、すぐにでも飛んでくるだろうから。
気持ち良さそうに寝息を立てるカゲミツの髪をもう一度撫でてから、オミも瞳を閉じた。


20分後、ピンポーンと鳴るインターホンの音でオミは目を覚ました。
何度も鳴るインターホンを鬱陶しく思いながら玄関のドアを開けた。

「こんな遅くに何の用?」
「カゲミツを迎えに来た」
「カゲミツならぐっすり眠ってるよ」
「なら連れて帰る」

ズカズカと勝手に上がり込んだタマキの後を呆れながらオミも続く。

「カゲミツ、帰るぞ」

ゆさゆさと身体を揺さ振って起こそうとするタマキをオミが止める。

「せっかく寝てるのに起こしたら可哀相だろ」
「ずっとここで寝られたらオミも迷惑だろ?」
「俺は構わないよ、ずっといてくれても」

冗談っぽく言ったオミだったが、タマキはその言葉に隠された気持ちに気付いてしまった。
尚更カゲミツをここに寝かせておく訳にはいかない。
起きる気配のないカゲミツを抱えてタマキは歩き出した。

「落とさないようにね」

そう言ってドアを開けてくれたオミに礼を告げて、二人は家に向かった。

*

ベッドにカゲミツを寝かせ、タマキはふぅと息を吐き出す。
さっき電話でオミに言われた言葉が頭の中でぐるぐると回っている。

「話も聞かずに恋人のことを考えられない自分勝手な奴、かぁ」

恋人という関係になってから小さないざこざはあったけれど、ここまで大きな喧嘩になったのは初めてだ。
いつもいざこざのときはカゲミツが謝って終わりだったけれど、今回はそうじゃなかった。
カゲミツにも譲れない部分があったのだろう。
眠るカゲミツの髪を撫でながら喧嘩の原因を考える。

「ん・・・」

ごろりと寝返りをうったカゲミツが薄く目を開いた。
ぼんやりとタマキの顔を見つめている。

「起こしちゃったか?」
「いや、構わねぇ・・・」

だんだんはっきりとしてきたのか、大きく伸びをしてからカゲミツは起き上がった。
ふわぁーと大きなあくびをしている。

「カゲミツ、ごめんな」

カゲミツの両手をとって、指を絡める。
最初不思議そうな顔をしたけれど、事情を思い出したようだ。
黙ってタマキの次の言葉を待っている。

「昨日何か言おうとしたのに、聞こうともしなかった」
「うん」
「今度はちゃんと聞くから、話してくれないか?」

絡めた指にぎゅっと力を込める。
じっと見つめてくるタマキの真剣な目に、カゲミツはぽつりぽつりと言葉を選びながら話し始めた。


「話も聞かずに勘違いして怒ってごめん」
「分かってもらえればそれでいいんだ」

話を聞き終えたタマキが顔を俯けると、絡めっぱなしだった指を握り返された。
顔を上げるとカゲミツが優しく微笑んでいる。

「さっきオミの家で寝てるカゲミツを見て、俺も嫉妬したんだ」
「え?」
「いつもカゲミツをこんな気持ちにさせてたんだな」

指を解いて寄りかかるとカゲミツは優しく抱きとめてくれた。
少し上にある顔を見上げると、照れたようにはにかんでいた。

「これで仲直りな」
「うん」

どちらからともなく近付いた顔に、タマキはゆっくりと瞳を閉じた。

指をつないで、
(心もつないで)

ついった診断メーカーより
カゲタマへのお題は『「そっと、両手のひらに指を絡める」キーワードは「仲直り」』です。

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