カゲミツの部屋に足を運ぶようになってから数ヶ月が経った。
最初はお互い緊張してガチガチだった雰囲気も、今ではしばらく無言が続いても平気なまでになった。
カゲミツは持ち帰った仕事をするためにパソコンに向かい、タマキは時折その背中を見つめながら買ってきたマンガのページをめくる。
いつもの光景だ。
カタカタと物凄いスピードでキーボードを叩くカゲミツを後ろから見ていると、タマキはあるものに気が付いた。

「カゲミツ、ギター弾けるのか?」
「昔ちょっとだけやってたんだ」

家でちょっと触るくらいだけど。
そう付け加えながらちらりと置かれたギターを見て、またパソコンに視線を戻す。
その横顔が何だか自分が知らないもので、気付けば口が動いていた。

「弾いてくれないか?」

家に仕事を持ち帰るほど忙しいのはわかっている。
困ったように振り返ったカゲミツがポリポリと頬をかく。

「だいぶ触ってないから、ちゃんと弾けねぇかも」
「それでもいい」

どうしてもカゲミツが奏でる音が聞いてみたくなったのだ。
座っていた椅子から床に腰をおろし、引き出しの中からピックを取り出した。

「失敗しても笑わないでくれよ」
「笑わない、絶対」

その言葉に安心したのかカゲミツはポロンと弦をつまびいた。
長い間触っていなかったせいか、チューニングが狂ってしまっていた。
ピックを口にくわえ、チューニングを合わせる姿が様になっている。
何度か繰り返してから、カゲミツはおもむろに音を鳴らし始めた。
長い間触れていなかったというのが嘘みたいにメロディが流れる。
目を閉じて聴き入っていると、カゲミツの声が小さく重なった。
ある海外のアーティストの有名な曲でタマキも聞いたことがある。
カゲミツの声がじんと身体に染み渡っていく感覚だ。
サビを歌い終えて曲は終わった。

「まだまだ全然弾けるじゃないか」
「この曲が好きで、ずっとこればっかり練習してたんだ」

誰にも聞かせたことなかったけどなとはにかんだ笑顔にタマキの心が高鳴る。
カゲミツのこの姿を知っているのは自分しかいない。
そう考えるとつい顔が綻びそうになってしまう。

「仕事の邪魔して悪かったな」
「いや、俺も久々に楽しかったから」
「また、聞かせて欲しい」
「おう」

そう控え目に、でも少し嬉しそうに笑ったカゲミツに、タマキはまたひとつ惹かれてしまったのだった。
風に吹かれて

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