テレビに出てくるようなヒーローなんて、存在しないと思っていた。
泣いてる子供が駆け付けて、悪い奴をやっつけて。
最後にはみんな幸せそうに笑うんだ。
ずっと憧れていた。
ずっと待っていた。
でもどんなに泣いて叫んでも、僕のところには助けに来てはくれなかった。
だから僕は気付いたんだ、あんなものは空想でしかないって。
母さんがいなくなったとき、遠い親戚だというキヨタカ隊長が引き取ってくれた。
ありがたかったし、嬉しかった。
でも待ち望んだヒーローだとは思わなかった。
泣いて叫んで、声も涙も枯れた頃に来たってヒーローとは言えないでしょ?
ずっとそんな風に考えて育ってきた僕だけど、タマキちゃんに出会ってその考え方が少し変わったんだ。
もしかしたらタマキちゃんは、僕が待ち望んだヒーローかもしれないって。

ヒーロー

それは僕があの夢を見た朝のことだった。
小さな頃の僕が、母さんに殴られる夢。
泣いて許してって叫んでも振り上げる手は止まらない。
やめてって言っても振り下ろす力は弱くならない。
絞り出すように声を出したときに、パッと目が覚める。
パジャマが汗でびっしょりと濡れている。
そして起きて鏡で顔を見て、夢だったんだと実感出来る。
そんな日は朝から憂鬱だ。
でも暗い顔を見せる訳にはいかない。
みんな子供らしく愛らしく笑った僕が好きなんだから。
だからみんなの前では僕らしく振る舞わなくちゃ。
ニコニコといつもの笑顔を張り付けていると、神妙な顔のタマキちゃんに声を掛けられたのだ。

「何かあったのか?」
「どうして?」
「勘違いだったら悪いんだけど、顔が疲れているように見えて」

絶対に気付かれない自信はあった。
気付いて欲しい気持ちはあったけど、気付かれてはいけないものだと思っていた。
驚いて言葉を詰まらせると、タマキちゃんが肩を揺らした。

「アラタ、大丈夫か?」
「あぁ、うん。ごめんね、タマキちゃん」

何ともないよ、そう僕が口を開く前にタマキちゃんが口を開いた。
苦しそうに、眉を寄せながら。

「アラタ、辛いときは無理に笑わなくてもいいんだぞ?」

今まで誰かに言って欲しかった言葉だった。
でもそんな僕に気付いてくれる人なんていないと思っていた。
固まったままの僕の腕をタマキちゃんが引っ張る。

「アラタが調子悪そうなんで少し休ませてきます」

思考がまとまらない中でぼんやりとタマキちゃんの声が頭に響いた。


そのまま僕は屋上に連れ出された。
タマキちゃんは黙って僕の肩を抱いてくれた。
こんな風に優しく触れられたのは初めてだ。
なんの見返りも求められない優しさがあるんだって、初めて知った。

「タマキちゃん・・・」
「話したくなかったら話さなくていい」

でも無理はするな。
ピシャリと言われた言葉に黙って頷く。
子供をあやすみたいにタマキちゃんの手がリズム良く頭に触れる。
それが気持ち良くて、タマキちゃんの肩に頭を預けた。
鼻がツンとする。
あぁ、僕泣きそうなんだ。
今朝見た夢を思い出す。
あの時の僕も確かに泣いていた。
でも今は怖いとか嫌だから泣きたいんじゃない。
温かいから、嬉しいから泣きそうなんだ。
ぐずっと鼻を鳴らすとタマキちゃんが笑った。

「見ないでやる、忘れてやるから泣きたいときは泣けよ」
「・・・」
「泣きたいときに泣けるのも、ひとつの強さなんだぞ」

その言葉を聞いて、僕の目から一筋の涙がこぼれた。
一度出てきたらとめどなく溢れ出てきてしまう。
しばらく泣いて、泣き止んだ頃にタマキちゃんが頭を軽く叩いた。

「よし、今日の昼飯は俺の奢りだ」
「なんでも好きなもの言っていいの?」
「アラタはそうやって普通に笑ってる方がいい」

目を瞬かせたあと、僕もニッコリと笑った。
最後にこんなにも素直に笑ったのは、もう思い出せないくらい昔のことだ。

「ありがとう、タマキちゃん」
「俺達は仲間なんだから、頼っていいんだからな」

立ち上がったタマキちゃんの腕にギュッと絡み付く。

「ヒーローって本当にいたんだ・・・」
「何か言ったか?」
「何も言ってないよ」

疑うようなタマキちゃんの手を引っ張って、階段をおりた。

*

タマキちゃんに出会ってからあの夢を見る回数が減ってきた。
もし見ても今はもう大丈夫。
思い描いていたヒーローとは違うけど、もっと素敵なヒーローに出会えたんだから。

(ずっと僕のヒーローでいてね、タマキちゃん)

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