最近キヨタカに飲みに誘われる回数が増えた。
場所もバンプアップだけでなくキヨタカには不似合いな居酒屋から隠れ家的なひっそりとしたバーまで。
話の内容はいつも他愛のないことばかりだ。
至って普通などこにでもある上司と部下の姿だと思う。

そんなとある日。
いつものように二人で飲みに行った帰り道。
初めての店だけど落ち着いた雰囲気とおいしいお酒に、タマキはいつもより多めに飲んでしまった。
ふらりふらりと足元がふらつく。
ふわふわとした気分はなんだか夢見心地でタマキは上機嫌で夜道を歩いていた。
キヨタカはその後ろを一歩遅れて続く。
踊るように楽しげに歩いていたタマキの体が、突然ふわりと大きく傾いた。

「あっ、」

これはマズイ。
酔った頭でもそう感じて目をきつく閉じたその時、逆方向に腕を強くひかれて体が大きく傾いた。
来るはずの衝撃の代わりに、ふわりと心地のよい人肌に包まれる。
タマキが恐る恐る目を開くと、見知った黒いコートが目に入った。

「飲み過ぎだ」
「すみません・・・」

柔らかい声が近くに聞こえ、鼓動が早くなるのがわかる。
いつまでもキヨタカの胸にいる訳にもいかないので、離れようとしても腰に回された腕が離れる気配はない。
今は人がいないといっても、ここは道端だ。
さすがにこれは上司と部下の域を越えている。

「隊長・・・」
「かなり酔っているみたいだな」

このまま俺の家に来い。
優しい、だけどいつも別れ際に呼ばれる名前のような甘さも含んだ声が聞こえた。
頭の中でこれではいけないと警報が鳴り響く。
けれど人肌の心地良さと、キヨタカから香る品のよい香水の匂いにタマキは頷いてしまった。


二人無言のままタクシーに乗り込み、腕をひかれるままにキヨタカの家に上がった。
どことなく気まずい空気が流れ、何も言うことが出来ない。
リビングに入り、コートを脱ぐキヨタカを眺めているとようやく口を開いた。

「突っ立っていないで座ったらどうだ?」
「あ、はい・・・」

バッグを部屋の隅に置き、失礼だと思いながらもきょろきょろと部屋を見回す。
イメージ通り、センスがいい部屋だ。
ぼんやりとソファーに座っていると、キヨタカが隣に腰を下ろした。
距離が、やけに近い気がする。

「まだ酔いはさめないか?」

大きな手が優しく髪に触れる。
子供に触れるような優しさではなく、まるで恋人に触れるような・・・
そこまで考えて、タマキはハッとして首を横に振った。
一体今、自分は何を考えていたのか?
パッと顔を上げると、吸い込まれそうなほど黒い瞳と視線がぶつかった。

「タマキ・・・」

溶けてしまいそうな甘い声、優しげなのにそれ以上の何かを含んだ目。
やっぱりその声は苦手だ。
知ってはいけない何かを見てしまったようで、ごくりと唾を飲み込んだ。
キヨタカはそんなタマキに構うことなく、慣れた手つきで顎を掬い上げた。
そのまま固定され、視線から逃れることが出来ない。

「タマキ」

もう一度、今度は甘いけれどしっかりと名前を呼ばれた。
観念して黒い瞳を見つめ返す。

「すきだ」

たった三文字の言葉だった。
しかし今まで聞いたどんな言葉よりも甘く思考を鈍らせる。
重ねられた唇が離れ、タマキは顔を逸らした。

「きらい、だった。」
(あなたのその声は、酷く心を掻き乱す)

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