「かぜひいた」

たった五文字だけ送られてきたメールにタマキが目を瞬かせた。
いつも余裕に溢れているキヨタカらしくない。
今日は仕事で隊長が不在なんだから自分が行かなくては。
とは思ったもののやはり上司兼恋人が心配でタマキは携帯のボタンを押した。

「タマキ、どうした?」
「隊長が熱を出したから今日一日頼む」

挨拶もせずに告げてもトキオは快く了承してくれた。
あ、そうだと看病の際のアドバイスもくれて電話を切った。
どうせ今日自分が行っても仕事にならないなんて分かりきっている。
仕事のことはトキオに任せて、タマキはタクシーに飛び乗った。


持っていた合鍵でキヨタカの家に上がりベッドルームに入る。
ゴホゴホと咳込むのが聞こえて慌ててベッドに近付いた。

「隊長大丈夫ですか?」
「タマキか・・・?」

潤んで焦点の結べずに虚ろな瞳が見上げてくる。
顔は赤く触れなくても熱があるのだとわかった。
熱は何度かと尋ねようとしてやめた。
ベッドサイドには体温計も薬も置いていない。
いつもちゃんとハンガーに掛けられているスーツは、その辺に脱ぎ捨ててある。
(一瞬、"夜"を思い出したのは秘密だ)
恐らくは昨日の夜から不調でとりあえず眠ってみて翌朝目覚めると熱が出ていた、といったところだろう。
額に浮かんだ汗を見て、とりあえずは着替てもらうことにした。
勝手知ったる恋人の家からパジャマを一枚取り出してきた。
時々パジャマのままコトに及んでしまうことがあるので、必ず予備を用意してあるのだ。
なんとかパジャマを脱がせ、全身をタオルで拭いてから新しいパジャマを着せる。
すると少し楽そうな表情になった。

「心臓に悪いな・・・」

いつものキヨタカに聞かれていたら間違いなく突っ込まれるであろうセリフにも反応はない。
少し寂しい・・・、かも。
一瞬そう思ってしまった自分の気持ちを隠すようにふぅと息を吐き出した。
体温計と薬を持って部屋に戻ると着替えたばかりだと言うのにすでにうっすらと汗ばんでいる。
慌てて体温を計ると予想以上の高熱だ。

「39度もある・・・」

うーと苦しそうき唸るキヨタカにどうにか薬を飲ませ、濡れたタオルを頭に乗せた。
一通りやることを終えたタマキはベッドルームに椅子を持ち込んでベッドの横に座った。

「早く、良くなって下さい・・・」

ぐっすりと眠るキヨタカの手に自分の手を重ねる。
思えばキヨタカがこんな風にメールを寄越すのは意外だった。
いつも格好つけて弱いところなんて見せようとしないくせに。
この高熱ではさすがにどうにもならずにメールを送ってきた、それは理解出来るけれどその内容があまりにも飾り気がない。
いつもキッチリと句読点まで入力され、変換ミスすら滅多にないほど完璧なメールなのに。
・・・頼ってくれたのだろうか?
弱い部分を見せてもいいと思ってくれたんだろうか?
自惚れかも知れないけれど、重ねた手は弱い力で握り返されている。
顔に熱が集まってくるのがわかる。
気を紛らわすようにキヨタカの汗を拭き取った。



「タマキ・・・タマキ!」

名前を呼ぶ声と手を軽く握られる感覚で意識が浮上した。
変な体制で眠ってしまったせいか、体が少し痛い。
ん?変な体制?
ふと顔を上げるとキヨタカが困ったように笑っていた。
体を起こし壁にもたれながらこちらを見ている

「風邪ひいた俺の横で寝るとはな」
「心配だったんですよ・・・・それより具合はどうですか?」
「タマキの手厚い看病のおかげで随分と良くなった」

手厚い看病、なんて言われると恥ずかしくなってしまう。
ぷいっとそっぽを向くと握ったままだった手に力を込められた。

「ありがとう、助かった」

そのまま仕事に行くんじゃないかと心配してたと笑った頬をぎゅっと摘む。
心配で仕事も放り出してきたんだから、少しくらい仕返ししてもいいだろう。
そんなこと、絶対言えないけど。

「タマキ、腹が減ったんだが」
「お粥でも作って来ます」

繋げたままだった手を離し、少し寂しい気も感じながら立ち上がった。
その瞬間、腕をぐっとひかれてベッドに座り込んでしまった。

「それより元気になるおまじないがあるんだが」

さっきまでの苦しそうな顔が嘘みたいに耳元で低く甘く囁く。
本当に随分良くなったみたいだ。
だから腕を取る手をゆっくりと外し立ち上がった。

「まずは食事にしませんか?」

驚いた顔のキヨタカににっこり笑い掛けてから部屋を出た。
少し良くなったとはいえ、まだ完全ではない。
とりあえずは栄養のあるものを食べて早く復活してもらわなければ。
きっと、それからでもおまじないは遅くない。

back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -