▽02/12 01:17
一緒に暮らすようになってわかったが、カゲミツはあまり睡眠欲がない。
毎日遅くまでパソコンに向かい、そのままの体制で眠っていることもしばしば。
たまに無理矢理寝かせようとするとキリがいいところまでとか、あとちょっとでプログラムが出来るとか言って逃げてしまう。
特に急ぎの仕事でもないのに、だ。
ここまで来ると少し異常なレベルだ。
さすがに心配になり、元同居人のヒカルを屋上に呼び出した。
「カゲミツが全然寝ようとしないんだけど、昔からなのか?」
「いや、・・・・・・アレの後からだ」
思い出したくないのか顔を俯かせながら言ったヒカルの態度で何となくわかった。
仲間だと思っていたカナエに裏切られ生死の境をさまよい、目が覚めたときには愛しい人は姿を消していて。
カゲミツがどれだけ傷付いかなんて想像出来ない。
眉をひそめているとヒカルが口を開いた。
「元々寝ないで仕事することはあったけど、アレ以降は寝たくないから無理矢理仕事してるって感じだった」
ポツリと呟かれた言葉がストンと心に落ちる。
カゲミツは睡眠欲がない訳ではない。
寝たくないだけなんだ。
わかった瞬間、胸がぎゅうっと締め付けられる。
カゲミツの抱えている傷の深さ、恋人だというのに癒してあげられていない苦しさ。
考え込んだままヒカルに礼を言ってミーティングルームに戻った。
カゲミツはパソコンを膝の上に置いたまま、ソファーでうたた寝をしていた。
そして夜になった。
風呂の準備が出来たと言ってもカゲミツはやっぱりパソコンの前から動こうとはしない。
ヒカルに話を聞いたときからカゲミツにこの話題を振るかどうか考えたのだが、思いきって話してみることにした。
出来るかどうかわからないけど、恋人としては少しくらい力になりたい。
「急ぎの仕事じゃないよな?」
「あとちょっと・・・」
「ダーメ、疲れてるみたいだし今日は終わり」
パソコンを取り上げたら不安げに揺れる瞳が見えた。
それでも今日は返してあげられない。
「今日ソファーでうたた寝してたでしょ?」
「あれは・・・別に疲れてる訳じゃ!」
「昨日も一昨日もその前も、全然寝てないじゃない」
出来る限り優しく言ったつもりだけど、カゲミツの瞳はゆらゆらと揺れたままだ。
知らず知らずのうちに責めるような口調になってしまったんだろうか。
トキオがそう考えていると、カゲミツはポツリ小さな声でと呟いた。
「寝るのが、怖いんだ」
寝て起きたらまたこの幸せがなくなってるんじゃないかと思って、怖くて眠れない。
そう言ってカゲミツは手にぎゅっと力を込めた。
あの頃を思い出しているのか肩が少し震えている。
安っぽい慰めは余計に傷付けてしまいそうだ。
それでも言葉に出さずにはいられなかった。
これ以上ないくらい真剣に言葉を紡ぐ。
「俺は、どこにも行かない」
「・・・」
「こんな言葉で安心出来ないかもしれないけど、心配なんだ」
きつく握られた手をゆっくりと優しく解く。
カゲミツは黙ってその様子を見ている。
目を合わせて二人の手の平を重ね合わせた。
「一人で苦しむなよ」
持てる最大限の言葉で伝えたが反応はない。
これ以上どう伝えればいいのかと考えていると、首に腕が回ってきた。
肩に顔を埋めるカゲミツから啜り泣くのが聞こえる。
だから子供をあやすみたいに背中を叩いてやる。
しばらくして落ち着いたのか、カゲミツが口を開いた。
「寝てるとき、手繋いでくれねぇか?」
「わかった、ずっと離さない」
「バカ」
照れたように笑ったカゲミツの目尻にキスをひとつ。
風呂に入って来ると言ったカゲミツの背中を見送り、寝室に向かった。
望むならば手くらいいくらだって繋いでやる。
それでカゲミツの傷が癒えるのならば、惜し気もなく両手を差し出してやる。
いつか安心して眠れる日が来ることを祈りながら、カゲミツが風呂から上がるのを待った。
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