▽09/21 00:03

「俺が秘書、ですか?」

チラリと社長室に繋がるドアを見る。
先程カゲミツを呼びに来たヒサヤと呼ばれる男はきっと社長の秘書だろう。
いかにもデキる男な雰囲気の秘書がいるのに、なぜ自分が?
カゲミツが怪訝な表情を浮かべても社長の表情はにこやかに微笑んだままだ。

「仕事は今までのままでいいから」
「それはどういうことですか?」
「ただここで仕事してくれればそれでいいんだ」

そのほかは全部今まで通りでいいともう一度言う社長の顔を見つめる。
言いたいことが分からない。それに社長にメリットが何ひとつとしてない。
カゲミツが考えあぐねていると社長がまた口を開いた。

「明日から君の職場はここ、決定ね」
「え、ちょっと待ってください」
「拒否するとか出来ないからね」

こうしてカゲミツはどういう訳だか社長室で仕事をするということになってしまった。
今日はとりあえず持ち場に帰っていいよと言われてとぼとぼと歩く。
ヒサヤという人は社長がすべて説明すると言っていたがこれじゃあ何の説明にもなっていない。
大きなため息をついて自分の席に戻ると周囲が腫れ物に触るように接してくる。
これならクビと言ってもらった方がよかったとため息をついたとき、凛とした声が聞こえた。

「カゲミツ、どうしたんだ?」

顔を上げると入社以来よく気に掛けてくれていた先輩タマキが立っていてカゲミツが少し安堵する。
慣れないことばかりで逃げ出しそうになったカゲミツがここまで仕事を続けてこれたのもタマキの力が大きい。
一人で塞いでいても仕方がない。
誰も何も聞いてこない中で、タマキだけがこうして気に掛けてくれているのだ。

「タマキさん、今日時間ありますか?」
「あぁ、いつものところに行こうか」

いつもと変わらない笑顔で頷いてくれたタマキに心の中で感謝する。
時計を確認すると三時過ぎだ。
作りかけだったプログラムを完成させてしまおう。
そう気持ちを切り替えてパソコンのモニターに向かった。


「よし、行くぞ」

18時を過ぎて帰り支度を整えたタマキに声を掛けられて一緒に職場を出る。
二人でよく行く個室の落ち着いた居酒屋でビールで乾杯したところでタマキが口を開いた。

「社長に何言われたんだ?」
「専属の秘書になれと・・・」

カゲミツの声を聞いてタマキがまじまじと顔を見つめる。
信じられないといった目にカゲミツがため息をついた。

「俺も信じられないですよ」
「スケジュール管理とか出来るのか?」
「いや、仕事は変わらないらしいんですけど」

ただ仕事場が社長室になるだけでと付け加えると、タマキが安心したように笑った。

「よかったじゃないか」
「え?」
「今までと同じことをするだけだろ」

せっかくここまで一緒にやってきたのにクビだったらどうしようかと思ったと明るく笑うタマキにカゲミツがきょとんとする。

「期待されてるんだろ、頑張れよ」

ポンと背中を叩かれモヤモヤとした気持ちがスーッとひいていくのがわかる。
この人はどうしていとも簡単に不安を取り除けるのだろうか。
カゲミツのそんな気持ちをよそにタマキは美味しそうにビールを飲み干している。

「俺、少し頑張ってみます」
「あぁ、困ったことがあればいつでも相談に乗るから」

タマキにつられカゲミツもビールをぐいっと飲み干す。
とりあえずやってみよう、カゲミツはそう思いビールのおかわりを注文した。

*

カゲ→タマ的な要素はないつもりです。
あるとすれば恋愛<憧れな感じで。

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