▽04/21 23:51

一日バンプアップのマスターを代わってくれないかと言われたのは二週間ほど前のことだった。
その日は朝からどうしても外せない予定があるらしく、代わりを頼んできたらしい。
ならばバイト君がいるじゃないかと言えば、バイト君だけでは愛想の面で不安だと言われ納得する。
いつも朝飯作ってるだろうと暗に強請られて白旗を上げた。

「知ってると思うけど料理はしないよ」
「接客だけやってくれたらいいぞ」

接客だけといっても、ほとんど客なんか来ることないじゃん。
そう思ったけれど顔には出さずコーヒーに口をつけた。

*

そして当日がやってきた。
任務に向かうよりもキリッとした表情を見せるマスターは、まるで戦場に向かう男のようだ。
そう言えば格好良く聞こえるがマスターはチェックのシャツにリュックを背負っている。
マスターのどうしても外せない予定が何となく想像出来て溜め息をついた。
バイト君も朝早くから可哀想にと思うがいつも通りの態度で接している。

「マスター、本当にその格好で行くの?」
「郷に入れば郷に従えと言うだろう」

果たしてその故事が正しいのかは分からないが、関係ないのでふーんと受け流す。
じゃあよろしく頼んだぞと最後に言って、マスターはバンプアップを出て行った。


「バイト君はマスターの私的な予定のせいで駆り出されて嫌じゃないの?」

特にやることもないのでとりあえずグラスを拭きながら尋ねると、至って真面目な顔でこう返された。

「ここに来るようにと本部から派遣されましたので…」

仕事だから、ということなのだろうか。
まあバイト君らしい返答だ。
そう、と答えると珍しくバイト君の方から話題を出してきた。

「オミさんはどうなんですか?」
「え?」
「オミさんは仕事ではないですよね?」

バイト君からしたら仕事でもないのに引き受けた方が意外だったらしい。
朝食を盾に取られたからねと言うとそうなんですかと腑に落ちた表情を見せた。

「バイト君だったらどうする?」
「何がでしょうか?」
「仕事じゃなくて、個人的にマスターに頼まれても来てた?」

一瞬、逡巡するような素振りを見せたけど来ますとはっきりバイト君は答えた。
これは少し意外だったので思わずへぇと声が溢れる。

「マスターのこと、嫌いな訳じゃないんだね」
「どうしてそう思うのですか?」
「いや、マスターが前に気にしてたから」

いつまで経っても固い態度を崩してくれない。
そう嘆いていたと伝えるとここには仕事で来ていますからと言われてしまった。
そんなことを話しているとカランカランと音を立ててドアが開いた。
こんな時間に誰だと目をやると、眠そうな顔したカゲミツが店に入ってきた。

「今日は随分と早起きなんだね」
「おまえの働きっぷりを見てやろうと思ったんだよ」

カウンター席に突っ伏しながら小さくコーヒーと呟く。
朝一番から見に来るなんて意外と愛されているなと思ったけれど、決して口にはしない。
そんな様子を見て何か察したのか、バイト君はコーヒーを出すと掃除をしてきますと二階に上がって行った。

「どう?これ似合う?」

二人っきりになったので恋人モードにスイッチを切り替えて尋ねると、誰でも似合うだろと言い捨てられた。
似合うと思ってくれてるんだ?と言うとフンとそっぽを向いてしまった。

「コーヒー冷めるよ」
「…バイト君と楽しそうに話してたな」
「珍しく会話が続いたんだよ」

無愛想だと思ってたけど、そうでもないかもしれないね。
そう付け加えてもカゲミツは憮然とした表情でコーヒーを口に運んでいる。

「もしかして嫉妬した?」

冗談っぽく尋ねても返事はない。
代わりにふわぁと大きなあくびをしてカウンターに頬杖をついた。

「そんなに眠いなら家で寝たらいいじゃん」
「どうせ客なんかほとんど来ないんだし、いいだろ」
「だからってせっかくの休みの日に、こんなところに来なくても…」

自分で言いながらふと気付いた。
本来ならば今日は二人の休みが重なった日なのだ。
もしかして寂しくて朝からここに来てくれたのだろうか。
ついに両腕に顔を埋めてしまったカゲミツの後頭部を見つめてみても、答えは分かるはずもない。
だからそっとグラスクロスを置いて、カゲミツの隣に腰掛けた。

「寂しいなら素直にそう言えばいいのに」
「ちがう」

そうは言っても顎を持ち上げる手を振り払おうとはしない。
ゆっくり顔を近付けてあともう少しで触れるというときに、ガチャリとスタッフルームのドアが開いた。
その音に反応してバッとカゲミツと距離を取る。

「二人とも顔が赤いですよ」

しれっとそのまま入ってきたバイト君に、タイミングが悪過ぎると心の中で嘆く。
いいところだったのにとチラリとバイト君の顔を盗み見たら、さっきの察しの良さは偶然だったのか相変わらずの無表情でグラスを磨いている。
だからカウンターを拭く振りをして再び両腕に顔を埋めてしまったカゲミツに近付く。

「続きは家に帰ってからね」

小声でそう告げると返事はなかったけれど、耳が赤くなったのが見えたのだった。

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