▽02/03 19:02

「よう」
「こんにちは、カゲミツ君」

そう微笑んでカナエはいつもの席、日の当たる角の席に腰を下ろした。
ここは特別何かがある訳でもない普通の喫茶店だ。
だけどカナエは毎日のようにやって来てはそこに座り、コーヒーを飲みながら本を読む。
そしてたまに俺やマスターと世間話をしたりする。
だから毎日のようにやって来るこの常連客の名前を知っているのだ。

遠くから見ていると、カナエが持ってきた本に栞を挟んだのが見えて俺はそっとケーキを取り出した。
無言でカナエのテーブルに置くと頼んでないよと顔を見上げられる。

「いつも来てくれてるからサービスだ」
「本当はカゲミツ君のおごりなんでしょ?」

極力無愛想を装ったつもりだが、カナエの一言で慌ててしまう。
なんでそれを知っていると思ったことが顔に出ていたのだろう。
楽しげに笑って実はねと話し始めた。

「カゲミツ君がいないときにいつもありがとうございますって言ったんだよ、そしたらあれはカゲミツ君のおごりだって」

クスクスと笑われるのが癪でもう今度からサービスはなしだと言うとカナエが笑うのをやめた。

「今度から時々ケーキも頼むようにするね」

ここのケーキ、とっても美味しいしと微笑まれるとトゲトゲした気持ちも治まるから不思議だ。
だけどケーキを渡していたのはそんな理由からじゃない。
きっとその理由についてカナエは見当もつかないだろうけど。

「毎日コーヒー一杯で何時間もいられたらこっちも商売上がったりだからな」

本当はそんなこと思ってないけれど本音を言う訳にはいかない。
だからフンと鼻を鳴らしながら言うとカナエが表情を曇らせた。

「俺って迷惑かな?」
「コーヒー一杯でも大事な売り上げだ」

すると、そうと安心したようにカナエが笑った。
感情が真っ直ぐ顔に出るから分かりやすいんだよな。
そんなことを考えていると、カナエがあっと声を上げた。
時計を見て慌ただしく帰り支度を始める。

「俺、もう行かなくちゃ」
「仕事か?」
「まあそんなところかな」

いつもより早い時間に店を出て行こうとするからつい気いてしまった。
カナエは少し躊躇った後、結局言葉を濁して店を出て行ってしまった。
いつもそうだ。
カナエは平日だろうが休日だろうが関係なく昼前にやって来る。
だから仕事は何してるんだと聞いたことがあるけれど、いつもはぐらかされてばかりだ。
名前は早々と教えてくれたけれど、それ以外のことはほとんど教えてくれなかった。
もしかしたらいつも本を読んでいるし小説家とかそんな感じかなと思ったことがある。
けれどカナエがここで何か書いているのを見たことがない。
もちろんパソコンを持ち込んだこともない。
パソコンに至っては機械を触るとすぐ壊しちゃうんだと言っていたから恐らく持ってもいないだろう。
ならば夜の仕事かと勘繰ったこともあるが、アルコールやタバコの匂いはしない。
どちらかといえば爽やかないい香りがする。
しかし一番気になるのはいつも大事そうに持っているロザリオのことだ。
いつも肌身離さず持っているようだから大事なものなのかと尋ねたことがある。
そのときのカナエの表情は忘れられないくらい優しく大切な人から貰ったんだと言っていた。
カナエの薬指に指輪は嵌まっていない。
恋人はいないと捉えていいのだろうか。
前に聞いたときはどうだろうと濁されてしまったけれど。
最近何をしているときも浮かんでくるのはあの優しげな表情ばかりだ。

「アイツが意味ありげにいろいろ隠すから気になるんだ」

この感情の名前はとっくの昔に分かっている。
だけどそれには気付かない振りを決め込んでテーブルを片付け始めたのだった。

*

あれだけ気になっていたカナエの仕事について数週間後知ることになるのだが、それはまた別の話だ。
心底驚いた顔をしていたが、それはきっとお互い様だろう。
そしてそれがきっかけで惚れ直してしまうなんて、今の俺はまだ知る由もなかった。

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