▽09/08 00:40
「ずっとワゴン車に篭りっぱなしは身体に悪いから今日は俺に付き合え」
そう言われカゲミツは昼間からヒカルに連れ出された。
ゆっくりワゴン車の中で過ごしたかったカゲミツがキヨタカと行けよと言ってみたら、アイツ今日は仕事と短く返された。
なんだよキヨタカの代わりかよ。
面倒くせぇと思っていたけれど、キヨタカとはあんまり出掛けたりしないからいいだろ?と言われてしまえばつい頷いてしまう。
なんだかんだ言ってもヒカルは大事な相棒なのだ。
そんな訳で慣れない都会の雑踏をヒカルと歩いていた。
目的があるのか迷いなく歩くヒカルがとある店の前でふと立ち止まった。
「ここだ!」
お洒落な外観をした建物はカフェのようで、中は女の子で溢れている。
「本当にここに入るのかよ」
「ネットで見て気になってたし、キヨタカと来る場所じゃねーだろ」
確かにキヨタカと来る場所ではないが、カゲミツと来る場所でもない気がする。
だけどここのパンケーキが美味いらしいんだよと目を輝かせるヒカルに嫌だとは言えない。
意を決してカゲミツはカフェのドアを開いた。
店に入ってから席につくまで、店中の視線を集めていたような気がするのはきっと勘違いではない。
しかしヒカルは全く気にしていないようで楽しそうにメニューをめくっている。
「こっちも美味そうなんだけど、こっちも気になるんだよなぁ」
コーヒーだけで済まそうと思っていたのに、カゲミツこっち食わねぇ?と声が掛かる。
はんぶんこしようぜなんて言葉がまるで女の子のようだ。
断りたいところだけど、この機会を逃してしまえばヒカルは食べに来られるだろうか?
じゃあちょっとだけ貰うわと言うと嬉しそうに店員さんに向かって手を挙げた。
ホイップクリームがたっぷりのパンケーキを食べ終えたカゲミツは胸やけがしそうだった。
ヒカルは平気だったようで軽やかな足取りで人ごみを縫って歩いている。
次はどこに連れて行かれるのだろうと思っていると、ヒカルがふとショウウィンドウの前で足を止めた。
「あれ可愛くね?」
「可愛いって何だよ」
「可愛いは可愛いだろ」
この店入ろうぜと進んでいくヒカルの後を慌てて追い掛ける。
普段カゲミツは必要なものだけを買いに行くタイプだ。
だから特に必要なものがある訳でもないのに店内を見て回るヒカルに少し驚いてしまった。
「お前この店に欲しいものがあったんじゃないのか?」
「いや、外から見たら良さそうだったから入っただけだ」
そう言いながらこれ可愛いと言ってコップを手に取る。
「欲しいけどワゴン車には置いておけねぇもんなぁ」
お洒落なヒカルのことだから本当はもっとインテリアとかにこだわりたいのかもしれない。
そればっかりはどうしようもないとカゲミツが黙っていると、キヨタカのとこに置いておこうなぁと言い出した。
惚気かよと思う反面、当然のように自分のものを置いておける関係を少し羨ましく思う。
ちらりと脳内でタマキのことを思い浮かべて溜息をついた。
いつか自分もこんな風にタマキの家に自分のものを置けたらいいのに…
そんなことを考えている間にヒカルはコップを買って来ていたらしい。
カゲミツも何か欲しいのあった?と聞いてくるヒカルに首を横に振って答える。
じゃあ行こうぜと上機嫌に歩き出した背中の半歩後ろをカゲミツも続いた。
その後も気になる店を見つけてはふらりと入ったりしていると、時刻はもう夕食に近い時間になっていた。
さすがにそろそろ帰るかなと思っていると、ヒカルがじゃあ行くかと言い出した。
「行くってどこに!?」
「いっぱい歩いたからさっき食った分消化出来ただろ」
えっと戸惑うカゲミツを無視してヒカルは目的地へと向かって歩き始めた。
「カフェはさっきも入っただろ」
「ここはケーキが美味いって有名らしいんだ」
「悪いけど俺もう食えねぇぞ」
「じゃあひとつだけ頼んではんぶんこしようぜ」
遠回しのお断りも意図的に無視されたらしい。
勝手にオーダーしてしまったヒカルに溜息をついた。
ひとつのケーキをはんぶんこなんて女の子同士かカップルでやることだ。
でも、もしタマキにしたいって言われたら…
そんなことを考えていると運ばれてきたコーヒーを飲みながらヒカルが口を開いた。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
「別にいいよ、こんな機会がなきゃ一生行かなかっただろうし」
「タマキと行きたいとか思わねーの?」
落ち着いた雰囲気でまったりしていたと思ったのに、突然の爆弾発言だ。
少しむせてしまった背中をさすりながらだってそうだろ?とヒカルが言う。
今日一日の行動はまるでデートのようだという自覚はあったらしい。
タマキがこういうところ行きたいって言ったらどうするんだよと言われて悩んでしまう。
さっきまで考えていたことを読まれたような気持ちだ。
「…まぁタマキが行きたいって言うなら行く、かな」
「だったら今日は予行演習だったってことだ!」
タマキとデートする予定もないのに予行演習なんて。
そうは思っても今日ヒカルと行ったお店をタマキに置き換えて想像してしまう。
しばらく想像の世界に浸っていると、カゲミツと名前を呼ばれ現実に引き戻された。
「そんなカゲミツにお礼としてこれをプレゼントしよう」
ぺらぺらの封筒を手渡されて怪訝な顔をすると、開けてみろと言われたので包みを外す。
中から出てきたのは映画のペアチケットだった。
「これ、この前タマキが見たいって言ってたんだよなー」
「え?」
「確かに渡したからな、ここから自分で頑張れよ」
そう言い終えてコーヒーを啜るヒカルを見つめる。
きっとヒカルは何も出来ないカゲミツを案じてくれていたのだ。
何だよ水臭いとは思いながらも感動したカゲミツはしばらくしてようやくサンキュウと答えたのだった。
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