▽08/10 17:22
「俺も何か手伝おうか・・・?」
トキオが楽しく食器を洗っていると後ろから声を掛けられた。
振り向くと俯き加減で様子を伺っているカゲミツがキッチンの入口に立っていて思わず笑みがこぼれる。
「いいよ、好きだから」
トキオの言葉にカゲミツの心臓がどきりと跳ねる。
家事が好きだと言ったのだと分かっているが、どきどきしてしまう。
黙ってしまったカゲミツを心配してトキオが顔を覗き込む。
「ッ!!」
「そんなに驚かなくてもいいじゃん」
へらりと笑うトキオに軽くパンチを一発。
人の気持ちも知らないで笑ってんなよ、なんて言いたいのをぐっと我慢する。
カゲミツが自分の気持ちに気付いのはごく最近のことだ。
トキオにほぼ強引に決められた同居生活は想像以上の心地良さだった。
都内家事付き家賃なしという言葉に偽りはなかった。
それどころか夜に作業をしていると夜食を持ってきてくれたり、そのまま眠ってしまったらブランケットをかけてくれたり。
至れり尽くせり、まさにその言葉がピッタリだった。
いつも頑張ってくれていると言うが、それはトキオだって同じだ。
キヨタカがいない間部隊をまとめ、任務となれば現場に行って指示を出して。
カゲミツからしてみれば自分より数倍働いているように見えるのに、トキオはそれを全く出さない。
一度カゲミツは疲れてないのかと質問したことがある。
しかしお前は気にするなとあっさりとはぐらかされてしまった。
たまに手伝おうとするとさっきみたいに止められてしまう。
トキオはお前の体が心配だと言うけれど、カゲミツだってトキオの体が心配だ。
一緒に暮らして初めて知った優しさに、カゲミツは知らず知らずのうち惹かれていたのだ。
タマキに抱いていたものとはまた違う、温かくて穏やかな感情。
一緒にいて安心する、そう思ったのは人生の中でトキオが初めてだった。
トキオの手伝いをしようとしたら止められてしまい、特にやることもなくてテレビを眺める。
何かトキオの役に立ちたい。
気持ちを伝えようとは思わないけど、力になりたかった。
自分に出来ることはないかと考えて、ふと思い付く。
「トキオ、風呂の準備してくる」
食器を洗い終え、もうすぐ棚にしまい終えそうだというトキオに声を掛けた。
きっとまた止められるだろうが、今回は引き下がらないぞ。
「なんだよカゲミツ、そんなに俺の手伝いがしたいのか?」
子供みたいだなとからかって笑う姿が嬉しい。
職場でこんな風に笑うトキオを見たことなかったから。
「お前一人に任せっぱなしも悪いじゃん」
「俺はいいって言ってんのに?」
「俺はお前の体が心配なんだよ、少しくらい休め」
言い切ってから目を瞬かせているトキオを見てハッとした。
みるみる自分の顔が熱くなるのが分かる。
トキオは心底嬉しそうに微笑んでいて、さらに熱が増した。
「カゲミツもう一回言って」
「嫌だ」
同じ目線に合わせられて、優しく子供に聞かせるような口調でトキオは言う。
「カゲミツが甘えさせてくれるんじゃないの?」
「ちげーよ、勘違いすんなよ!」
そうだけど、そうと認めるのが恥ずかしくてつい突っぱねてしまう。
素直になれたら何か変わるのかとトキオの顔をじっと見つめる。
「そんな顔で見つめないでよ」
頭をさらりと撫でられて、その大きな手が大好きだと実感する。
もっと触れていて欲しいとすら思う。
「カゲミツ、ひとつだけお願い聞いて欲しいんだけど」
何だと開こうとした口をトキオのそれで塞がれる。
壁際に押し付けられて、ねっとりとした口付けに思考が働かなくなる。
「好きだよ」
酸欠状態で息が上がっているカゲミツの耳元でトキオが囁く。
くらくらする頭に聞こえた言葉はまるで夢みたいだけど、唇をなぞるトキオの指が現実だと引き戻す。
「順番逆だろ」
「カゲミツがあんまりにも可愛いから悪いんだろ」
もう一度どちらともなく触れるだけのキスをした。
「カゲミツはどうなんだよ?」
「は?」
「俺のこと好きなの?」
「そんなもん分かってんだろ!」
「ちゃんと言ってくんなきゃお兄さんわかんないな」
いたずらっぽく笑う姿はまた新しい発見だ。
そんなことを考える時点でトキオが好きなんだとまた自覚する。
「言わなきゃわかんねぇのかよ、バーカ」
だらりと垂れたネクタイを引っ張ってトキオの唇に自分の唇を押し当てた。
「これでわかんねぇとか言ったら承知しねーからな!」
そう言って背を向けたカゲミツがトキオの腕の中に引き込まれるまであと5秒。
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