▽08/03 00:48

それを見てしまったのは本当に偶然だった。
にこやかに手を振るのは今日非番のカナエで、確か図書館に行くと言っていたはず。
手を振った相手は建物に隠れてほとんど見えなかったけれど、自分の知らない人であることは間違いない。
こちらに向かって歩き始めたカナエになぜかどきりとして、カゲミツは目的の昼食を買わずに急いでバンプアップへと踵を返した。

「あれは一体誰なんだ」

混乱した頭の中にはその一言がぐるぐると回り続けていた。

カゲミツがカナエといわゆる恋人という関係になったのは少し前のことだった。
そこまでに多少の紆余曲折があったがカナエに好きだと告げられてカゲミツもそれに頷き、晴れて二人の関係がスタートしたのだ。
二人の関係は順調だと思う。
じゃれ合いのような言い争いはたまにするが、大きな喧嘩をした訳でもない。
現に数日前カゲミツがカナエの家に泊まりに行った際、一緒に住むなんてどうかな?と言われたし。
そうは思っても一度浮かんでしまった言葉が頭から離れてくれない。
カゲミツの行動範囲はかなり狭いし、それはカナエにも言えるはずだ。
お互い部隊の仲間以外の知り合いなんていない、そう勝手に思い込んでいた。
でもさっき建物からちらりと見えたのはふわりとしたロングヘアが翻ったところ、だった。
そんなことはないと信じたいが、でも自分達は世の中にいる普通の恋人ではない。
魅力的な人が見つかれば心変わりしたっておかしくはないのだ。
にこやかに笑うカナエとふわりと揺れるロングヘアの残像が頭の中で何度も繰り返される。
このままミーティングルームに帰ってもとても平常心を保てそうにはない。
だからいつも銭湯の帰りに寄る公園の方にふらふらと歩き始めた。

昼間だというのに雑居ビルの隙間にある公園に訪れる人はほとんどいない。
自動販売機で水を買って一気に飲み干す。
だけど混乱した頭はちっとも冷静さを取り戻してはくれない。
ふうと息を吐き出して落ち着こうとすると後ろから名前を呼ぶ声が聞こえた。

「カゲミツ君?」

今一番会いたくない人物の声が聞こえて恐る恐る振り返る。
すると笑顔で手を振りながらカナエはカゲミツの方に近づいて来た。

「珍しいね、お昼にここにいるなんて」

どうしたの?といつものように話し掛けてくるカナエをどうしても訝しんでしまう。

「お前、図書館は?」
「今日は面白そうな本がなかったんだ」

眉を下げるカナエに本当に図書館に行ったのかと問いただしそうになって口を噤んだ。
へえ残念だったなとだけ返すとカナエがこれ見てと手に持っていた袋を差し出した。

「クロワッサンが美味しいって有名なお店なんだ」

行列が出来るほど人気なんだよと嬉しそうなカナエに、ついその姿を想像してしまった。
ロングヘアの女性と楽しそうに行列に並ぶカナエ。
周りから見るときっとカップルのように見えたんだろうと考えると胸が苦しい。

「お前一人で並んだのか?」
「いや、」
「一緒に居たのは誰?」

その時、初めてカナエの顔を見た。
驚いたような表情にどんどん気分が沈んでいく。

「なぁ俺達別れよう、手遅れになる前に」

まだ二人とも若いんだ。
現にカナエはいい人がいるようだし。
このままズルズルと関係を続けるよりここでスパッと終わらせてしまった方がいい。
そんなに簡単に割り切れないかもしれないが、そこは時間が何とかしてくれるだろう。
カナエがカゲミツ君何言ってるのなんて宣ってやがるが、それはこっちが言いたい。

「あの人と幸せになれよ」

これが恋人としてカナエに掛ける最後の言葉だ。
さっきまであれだけ混乱していたのに、言ってしまえばすっきりとしている。
カナエを見ないように立ち上がり公園から去ろうとすると、強い力で腕を引っ張られた。

「何言ってるのカゲミツ君」

すとんとベンチに戻され、視界に入ったカナエの表情は感情がすべて抜け落ちてしまったかのごとく真顔だった。
これは怒っている、しかも今まで見たこともないくらいに。
だけどこっちだって引く訳にはいかない。

「さっき女の人と歩いてただろ」
「歩いてよ?でもどうしてそれが別れ話に繋がるの?」
「お前だって俺みたいな奴より女の人の方がいいだろ」

ちょっと鼻声になってしまってかっこ悪い。
分かったかとカナエの顔をちらりと見ると呆れ返った表情をしていた。

「彼女とは図書館でよく出会うただの知り合いだよ」

そう言われてそうですかと納得出来るほど素直な性格をしていない。
むすっとしていると、それにとカナエは付け加えた。

「俺は彼女の連絡先すら知らないし」

見る?と携帯を差し出され首を横に振った。

「ごめん」
「疑いが晴れたならいいよ」

いつもの穏やかな表情に戻ったカナエな帰ろうと手を差し出した。
だけど素直にその手を取る気にはなれなかった。
勝手な勘違いだったけどもう二人の関係が終わるかもしれないと思ってこんなに取り乱してしまった。
もうカナエのことは疑っていない。
だけどもやもやとした気持ちがいつの間にか口に出てしまっていた。

「俺ばっかり好きでくやしい」

自分の声で我に返りカナエを見上げると、目をぱちぱちと瞬かせていた。
悪い今のは忘れてくれと言う前にカナエが口を開く。

「そんな風に思ってくれてたんだ…」

嬉しそうに言われると今更忘れてくれとは言えずに小さく頷く。
カナエはにこりと笑ってスッと顔を耳元に近付けた。

「カゲミツ君が思ってる以上に俺はカゲミツ君の事が好きだよ」

なんの躊躇いもなくそう囁かれて恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
顔を真っ赤にさせていると帰ろうと今度は手を取られた。

「誰かに見られたら…」
「構わないし、俺の気持ちをちゃんと分かってもらいたいからね」
「でも」
「公園にいる間だけ」

ね?と微笑まれれば断れずに、だけど素直に頷けずに公園の間だけだからなと念を押して歩き始めた。

「ヒカル達が見てたらバカップルって笑われそうだな」
「俺達バカップルじゃないの?」

バカみたいだけどそんなやり取りですら幸せだとカゲミツは思ったのだった。

*

これ本当にカゲミツ?ってくらいカナエにベタ惚れですね←
カゲミツは例えカナエでも自分に真っ直ぐな愛情をくれる人を好きになっていくんじゃないかなと思います。
なんやかんかで三ヶ月くらい間を空けながら書いたので全体的につながってなかったらすみません。

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