▽03/20 00:15

「カゲミツ、二分遅刻だよ」

待ち合わせ場所で待っていたオミはそう言うと早く行くよと歩き始めてしまった。
カゲミツはといえば初めて見るオミの姿にしばらくそこに立ち尽くしてから慌ててその背中を追い掛けたのだった。

*

今日はキヨタカの命令でオミと二人で本庁に行くことになっていた。
いつもはオミ一人だが今日は人手が必要ということでカゲミツも一緒に駆り出されたのだ。
慣れた様子でずんずん進んで行くオミの横顔をチラリと見遣る。
今まで一緒に過ごして来た中で一度も見たことのないオミの眼鏡姿。
実は目が悪かったのか、ならばなぜいつもしていないのか?
一歩後ろを歩いていたカゲミツが真相を聞き出そうと隣に並ぶと、前方から声を掛けられた。

「フジナミさんこんにちは」

親しげに話し掛けてくる女性にオミも愛想良く答える。
こんなに笑顔で話すオミを見るのは学生時代以来だ。
まだこんな顔で話せたのかとか、この女性は誰なんだとか。
ぐるぐる頭の中を巡らせているとこちらの方はと興味がカゲミツに向いたらしい。
オミが紹介してくれるのに合わせて適当にお辞儀をする。

「イチジョウさんも素敵な方ですね」
「中身は残念ですけどね」
「まあ、そんなこと言って」

イチジョウさんも、ってことはきっとオミに対しても好意的な感情を持っているのだろう。
二人の会話に少しモヤモヤとしたものを感じているうちにオミがその女性から鍵を受け取っていた。

「行くよ」

そう言ってスタスタと歩き出すオミを慌てて追い掛ける。
オミが受け取ったのは倉庫の鍵だったようで室内に入ると莫大な数の資料が保管されていた。
周りも同じように資料の保管室なのか、人の気配がない。

「オミ」
「なんだい?」
「おまえ、目が悪かったのか?」

探す資料の情報を確認しているオミに声を掛けるとそれから目を離して顔を上げた。

「別に悪くはないよ」
「じゃあなんで」
「俺が素顔でここを堂々と歩く訳にもいかないだろ?」

そう言われてみれば確かにそうだ。
カゲミツが一人納得していると早く探しなよと急かす声がする。
わかったよと答えながらオミの方を向いたのは何の理由もなかった。
ちらりと目に入ったオミは眼鏡姿で資料を読んでいて、その姿が妙に様になっていて。
心臓をぎゅっと掴まれたような感覚だ。
それと同時にふと先ほど親しげに話していた女性を思い出してしまった。
きっとあの女性もオミをこんな風に見ているんだろう。

「カゲミツ、ちゃんとやってくれない?」

今日は量が多いんだと言うオミの声が聞こえたが、頭の中をするりと通り過ぎていく。

「カゲミツ」
「…さっきの人と親しそうだったな」

名前を呼ぶのを遮ってそう言うとオミが何を言ってるんだという顔でカゲミツを見た。

「対応してくれるのがいつも彼女だからね」
「おまえがあんなに笑顔で話してるの、久々に見た」

ふとオミが資料をめくる手を止めた。
それを元の位置に戻しつかつかとカゲミツの方に歩み寄って来る。
怒らせたのかとカゲミツがじっとしていると、逃げ場をなくすように顔の横に手をついた。
顔が、近い。
思わず目を背けると耳元で小さな声で囁かれた。

「嫉妬しちゃった?」
「…」
「彼女、綺麗だもんね」

その声にばっと顔を上げるとオミが可笑しそうに笑った。
片手は顔の横についたまま、もう片方の手で眼鏡を外して自分の胸ポケットにしまった。
見慣れない仕草に胸がどきりと跳ねる。

「でも彼女にこの顔は見せられないから」

そう言って近付いてきた唇を避けることなく目を閉じて受け入れる。
二、三度啄ばむようなキスを繰り返してからオミは離れていった。
薄暗いこの部屋の中でもきっと顔が赤くなっているのが分かるだろう。

「おまえが何を思ったのかわからないけど、俺は彼女の名前も知らないよ」
「え」
「聞いたかもしれないけど覚えてないんだ」

興味がないからねと付け加えたオミをぼんやり見上げる。
安心したせいか名前も覚えてないくせにあんなに親しげに話せるオミに呆れてしまった。
おまえなぁと言ってもどこ吹く風だ。

「それより早く終わらせるよ」

資料を再び手に取りながらオミが眼鏡を掛け直した。
おまえが何を思ったか聞きたいしねと皮肉な笑みを浮かべるのはいつものオミだ。
だけどすぐに資料を手に取り、それを読み始めた後ろ姿を見ながらカゲミツは思う。
眼鏡を掛けて愛想良くしているおまえがまるで知らない人のようだったからだと言えばどんな顔をするのだろう。
それを伝えるためにはまずは目の前の仕事を終わらせなくてはいけない。
どんな反応をするのかと楽しみしながら、カゲミツも仕事に取り掛かったのだった。

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