▽04/09 02:03

確かにいつもと同じように笑っているように見えたのだけど、けれどどこかいつもと違っているようにも見えて。
煙草と短く言い残してミーティングルームを出た背中を追い掛けた。

カゲミツが屋上のドアを開くとトキオは煙草なんて吸っていなかった。
フェンスに手をついて夜の喧騒が嘘みたいな静かな街をただ見下ろしていた。
声を掛けるか掛けないでおくか。
一瞬迷ったけれど何となくこのままにしておくのは良くない気がしてトキオと声を掛けた。

「なんだカゲミツ」

おまえ煙草嫌いなんじゃねーの?とへらりと笑う姿はさっきと同じくいつもと違って見えた。

「おまえ今煙草吸ってねーじゃん」
「今から吸おうとしてたの」

拒絶されなかったことに安堵してフェンスにもたれかかると、トキオはポーズのようにジャケットの内ポケットを探った。
しかし目的のものは出てこない。

「煙草切れてたの忘れてた」

やっちまったと苦笑するトキオはやっぱりどこか変だ。
言動が変というよりも、ただ雰囲気がどこかおかしい。

「おまえ、なんかあったのか?」

簡単に口を割るとは思っていなかったが、やっぱりトキオはなんで?とへらりと笑って返した。
なんでと聞かれると答えに詰まってしまう。
明確な理由なんてないのだ。
だから正直に感じたままを答えるしかない。

「いつもと同じように振舞ってるんだけど、なんか違うんだよ」

その何かは説明できねぇけど。
そう付け加えるとトキオはおかしそうに笑ったかと思えば突然手を伸ばしてカゲミツの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「さすが俺の恋人だな」
「はぁ?」
「なんか意味もなく感傷的になることってない?」

今まさにそんな感じなのとトキオはへらりと言った。
特に何があった訳でもない、ただ何となく感傷的な気分になっただけ。
カゲミツにもそんな経験がない訳じゃない。
だけどいつも自信満々なその背中が、今日はやけに小さく見えたことが心配だった。
このまま消えてしまうんじゃないかと勘繰ってしまうほど儚く見えたのだ。

「多分すぐに直ると思うし仕事はちゃんとする」

これでも元A部隊のリーダーだし?とふざけたトキオを回転させフェンスに押し付けた。
それから噛み付くように唇を奪えば一瞬驚いて目を見開いたがすぐに応じてきた。
角度を変えて何回も繰り返していると、息が苦しくなってきてゆっくりと顔を離した。
どこか憂いを帯びたまま、だけどぎらりと欲望を滲ませるコバルトブルーの瞳から目を逸らすことが出来ない。

「お願い、もっと」

そんな目で言われるとノーだと首を横に振れない。
肯定の代わりに目を伏せるとさっきより激しいキスを仕掛けられた。
いつの間にか位置が入れ替わっていてフェンスに当たる背中が少し痛い。
だけどそれを伝える隙さえくれなくて、カゲミツはトキオの背中に手を回すことでやり過ごす。
しばらくそうしていると、ようやく満足したのかトキオの顔がゆっくりと離れていった。
ペロリと唇を舐める仕草にどきりとしてしまい、これじゃいけないとぼうっとする頭で考えた。

「カゲミツ、今日このままサボっちゃおうか」
「何言ってんだよ」

まだまだ余韻の抜けない頭を必死で働かせていると、トキオがカゲミツのツナギから携帯を取り出した。
さも自分の物のようにメール画面を開いて宛先をキヨタカに設定する。

『トキオが調子悪いみたいだからこのまま連れて帰る』

いつものカゲミツのような素っ気ないメールを打っておいという制止も聞かずそのまま送信してしまった。

「俺達いつも真面目に働いてるしたまにはいいだろ?」

ニッとイタズラっぽく笑ったトキオにさっきまでの違和感はない。
呆れて文句を言おうとした唇はまたトキオによって塞がれてしまったのだった。

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