▽08/08 02:11
「カゲミツ、掃除終わったら次は朝ごはんだぞ」
「はい、お母様!」
今日も今日とてカゲミツは母親であるタマキの世話をしている。
その献身的な様子は家族であるトキオとカナエが目を見張るほどのものだ。
「お母様、ちょっと働かせ過ぎなんじゃない?」
そう言うのは長女のトキオだ。
「そうだよ、カゲミツ君最近どんどん痩せてるよ?」
心配そうにカゲミツを見つめるのは次女のカナエだ。
「うるせぇ、お母様がやれって言うからやるんだよ!」
「そうだ、お前達は黙ってろよ」
さぁ次は洗濯だと言うタマキと嬉しそうに返事をするカゲミツに二人は大きく息を吐き出す。
そう、カゲミツは義母であるタマキが大好きで仕方ないのだ。
「カゲミツ、たまには俺にも飯作ってよ」
「ずるいよお姉様!俺はハンバーグがいいな」
どさくさに紛れてリクエストしてくる姉達をカゲミツがぎろりと睨む。
「お前らの飯なんか作ってる暇なんかねぇんだよ!」
洗濯カゴを抱え、ばんとドアを閉めて出て行ったカゲミツを二人して呆然と見送った。
「俺らに興味なさ過ぎない?」
「一応姉なんだけどね・・・」
そんな二人の会話など知るよしもないカゲミツはタマキのドレスを必死で手荒いしているのであった。
しばらくしたある日のことだった。
「へぇ、お城で舞踏会だって」
「ふーん、てことは王子様も来るんだ?」
届けられた豪華な手紙を乱暴に開いて二人で覗く。
「国中の女性に参加権がありますだって、カナエ」
「でもドレスコードがあるって書いてるよ、お姉様」
じゃあカゲミツは無理だなと言い掛けたときに、タマキが部屋の中に入ってきた。
「トキオ、カナエ舞踏会に行く準備をしろ」
「カゲミツはどうするの?」
「カゲミツは家で家事をやらせておく」
「でも行きたいとか言うかもよー」
「絶対行かせない。ドレスを着たカゲミツが王子に見初められたらどうするんだ?」
タマキの説得力のある一言に二人が黙り込む。
「そうと決まれば準備開始だ」
タマキの一声でトキオとカナエが一斉に立ち上がった。
*
「いいか、今日は遅くなるけど家事を全部サボらずにやるんだぞ」
「何時に帰って来るんだ・・・?」
タマキはやんわりと首を横に振ってカゲミツの頭を優しく撫でて頬に口付けた。
「いい子に留守番してるんだぞ」
「・・・はい、お母様」
そんなカゲミツを見てタマキがニコリと微笑む。
姉達は複雑そうな表情を浮かべているけれど。
ボロボロの服を着たカゲミツが玄関で三人を見送る。
なるべく早く帰るよなんて言うタマキは本当にカゲミツの扱いが上手い。
現にカゲミツは笑顔で手を振っているのだから。
*
「舞踏会に行きたくない?」
カゲミツが屋敷の掃除を一通り終わらしたとき、小さい男の子がテーブルに座って紅茶をすすっていた。
「だ、誰だ!」
「今日は王子様が来るんだ」
見初められたら玉の輿だねと謎の少年は楽しそうに笑う。
「それどういうことだ?」
謎の少年の正体よりも何かを含んだような言い方が気になった。
おずおずとカゲミツが聞くと、謎の少年は紅茶を一気に飲み干した。
「例えばカゲミツ君のお母様が見初められたら」
「見初められたら・・・」
「カゲミツ君が世話する必要がなくなる、もっと言うと一緒に住む必要がなくなるね」
笑顔でサラリと告げられた真実に頭が真っ白になった。
タマキは可愛いから王子に見初められる可能性は十分にある。
それだけは何としてでも阻止しなければ!
ぎゅっと拳を握り締めたカゲミツに謎の少年が楽しそうに笑った。
「さぁ行こう、舞踏会に」
*
「でも舞踏会ってドレスコードとかあるんじゃねぇの?」
「それは任せて」
結局正体を聞くタイミングを逃してしまったカゲミツ。
開き直って普通に会話しているが全く見当がつかない。
豪華な馬車やドレスを用意してくれているのだろうか。
一体何のために?
様々な疑問が浮かび上がっては聞けずに消えていく。
そんなことを考えていると、少年が懐からステッキみたいなものを取り出した。
「えいっ!」
それを掛け声とともにカゲミツの前で大きく一振り。
なんだろうと眺めていたカゲミツだったが、一瞬光った後に着ていた服がドレスになっていて目を瞬かせる。
「ど、どうなってんだ?」
「だって僕、魔法使いだもん」
は?とカゲミツが驚いている間にカボチャを馬車に、ネズミを馬へと変身させていく。
「これで信じてくれた?」
馬車を不審そうな目で叩いているカゲミツに魔法使いだと名乗る少年はイタズラっぽく笑う。
「早くしないとタマキちゃん取られちゃうよ」
少年の言葉を聞いて我に返る。
信じられないことか目の前で起こったが、驚いている場合ではない。
急がなければと馬車に飛び乗ったとき、少年が顔を覗かせた。
「ちなみに魔法は12時でとけるから気をつけてね」
「ありがとう、魔法使い!」
「アラタだよ、ってもう行っちゃった・・・」
魔法使いの少年がやっと名乗った頃にはカゲミツはお城へと向かって馬車を走らせていた。
「せっかく質問に答えてあげようと思ったのになー」
遠くなる馬車の後ろ姿を眺めながらアラタが呟く。
なぜここまでしてくれるのかというカゲミツの疑問。
それは単純に面白いからだ。
はぁと小さくため息をついたアラタだったが気を取り直してお城に向かった。
*
カゲミツがお城に到着すると、すんなりと舞踏会会場に通された。
まずはタマキを探し出すため一歩踏み出したとき誰かにぶつかってふらりとよろめいた。
倒れると思っていたのに、いつまで経ってもこない衝撃にカゲミツが恐る恐る目を開けると一重の男が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「いった・・・」
「大じょ、ぶ?」
二人の間に数秒の沈黙が流れた。
「この無礼者!」
しかしそれもつかの間、突然聞こえた大声にカゲミツが肩を震わせる。
助けてくれた男から強引に引きはがされてカゲミツは目を瞬かせる。
「この国の王子様に何てことをするんだ!」
鋭い視線で睨みつけられて、訳が分からないといった表情のカゲミツ。
今にも飛び掛かりそうだったその男を、王子が止める。
「ヒサヤ、助けたのは俺だ」
その一言でヒサヤと呼ばれた男が静かになる。
王子様というのは嘘ではないらしい。
まだ地面に座ったままのカゲミツに王子様と呼ばれた男が視線を合わせる。
「君、名前は?」
「カゲミツ」
「カゲミツか、いい名前だね。舞踏会に参加するために来たんだよね?」
優しく問い掛ける王子様にカゲミツはコクリと頷く。
「そうか、じゃあこれで決まりだな」
満足げに頷いた王子様に周りの者が驚いた表情を見せた。
「俺の名前はオミ。カゲミツ、結婚しよう」
「・・・は?」
「この舞踏会は俺の結婚相手を探すために開かれたんだ」
だから参加するイコール結婚相手に名乗りをあげたことになるんだとオミは続ける。
「違っ、俺はただお母様を迎えに来ただけだ!」
結婚なんてしないと逃げようとするカゲミツをオミが抱き着いて押さえる。
「俺はカゲミツがいいんだ」
「嫌だ!」
「カゲミツじゃないと俺も嫌だ」
そうオミが言った瞬間、周りの者が一斉にカゲミツ達を取り囲む。
逃げ場なんてない。
「ということで決定だから」
ニッコリと笑うオミを殴ろうとしたらヒサヤと呼ばれた男に腕を掴まれた。
「随分元気のいいお姫様だね」
「オミ様、本当にいいんですか?」
「俺は絶対嫌だからな!」
ぎゃあぎゃあと喚く口をオミの口で塞ぐ。
さーっと真っ青になるカゲミツに構うことなくオミは膝を立てて手の甲にキスを落とした。
「式は明日にしよう、カゲミツお姫様」
嫌だーというカゲミツの絶叫がお城中に響き渡った。
*
「カゲミツ、朝ごはんはまだか?」
「今作るからもう少し待ってろ」
今日もカゲミツはタマキの身の回りの世話を献身的にやっている。
ただ今までと違うのはそこがかつての家ではなくお城の中ということだ。
あの日アラタの言う通り12時に魔法はとけた。
しかしオミは全く気にすることなくカゲミツを姫として迎え入れ、ついでにカゲミツの希望でタマキも迎え入れられたのだ。
「カゲミツ、俺にも作ってくれる?」
その様子を見ていたオミが爽やかに話し掛けてもカゲミツは完全無視だ。
「カゲミツ」
「お前はメイドが作った飯でも食ってろ!」
再度呼び掛けると返事をするものの、返ってくる答えはいつもこうだ。
タマキにこき使われても幸せそうなカゲミツにため息をこぼす。
「カーゲーミーツー」
何なら朝からお前を食べてもと言い掛けたらベーグルサンドが投げ込まれた。全力で。
「口に合わなくても知らねぇからな!」
フンと鼻を鳴らしてタマキの世話をするカゲミツに次は幸せそうに笑う。
「朝からカゲミツでもよかったんだけどな」
「黙れこの変態」
「カゲミツ、洗濯はどうした?」
「はい、お母様!」
こうした奇妙な生活はまだ始まったばかりだ。
*
「まさかこんなことになるとはねー」
窓の外から覗くアラタがそんなことを呟いていたが、カゲミツは知るよしもなかった。
ご め ん な さ い !
・・・しかし楽しかったです←
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