▽12/07 20:28

以前は心地好かった二人を包む沈黙が、今はこんなにも重い。
その理由が自分にあることをカナエはわかっている。
責められて当然だとも思っている。
久し振りに再会したカゲミツはたった一発殴る以外のことをしなかった。
かつて愛し合った仲だというのに。

重い沈黙に耐え切れずに何か話題はないかと目をさまよわせていると、ムスッとした表情のカゲミツと目が合った。
反射的に名前を呼ぼうとしたがカゲミツがそれを遮った。

「俺はおまえが大嫌いだ」

視線を外すことなくまっすぐに言われた言葉に顔を俯かせた。
傷付く資格なんてないとわかっていてもやはり堪える。

「目が覚めたときの俺の気持ちなんて、おまえには一生わからないだろ」

全部夢だと思いたかった。
でも全部現実だった。
そう語ったカゲミツは怒る訳でもなく悲しんでいる訳でもなく淡々としている。
最早感情すら、ぶつけてもらえないのか。
目を伏せてカゲミツの言葉に耳を傾ける。

「あの日ここでおまえを見付けたときは驚いたよ」

考えられる全ての可能性を使ってでも否定したかった。
だけどおまえは俺に銃を向けた。

ここまで言い終えてカゲミツは息を吐き出した。
あの日のことはまるで昨日のことに思い出せる。
驚愕したカゲミツの顔、引き金を引く感触、赤と白のコントラスト。
あの日のことはきっと一生忘れることが出来ないだろう。
たとえ、カゲミツが許してくれたとしても。

「それで半年も眠り続けてさ、起きたらおまえがタマキと逃げたって」

そこでカゲミツはようやく感情を表した。
会話の内容に全く似合わないクツクツとした笑みを。

「笑えるよな、俺はおまえと愛し合ってると思っていたのに」

その気持ちには嘘はない。
それは今でも変わらない。
しかし今ここで言ってもきっと信じてもらえないだろう。
そっと唇を噛み締める。

「目を覚ましてすぐの頃はまだおまえを信じてたんだぜ」

その言葉に胸が痛む。
今はもう信じていないと言われているようだ。

「でもおまえは現れなかった」

虚しかった。
ぽつりと呟かれた言葉がぐさりと刺さる。

「それからはおまえを忘れようと仕事に打ち込んだよ、ヒカルやキヨタカも気を使ってくれた」

あの二人がいなかったら俺は今でも立ち直れてなかったかもしれねぇ。
そう言われて、あの二人がいなければカゲミツの心はまだ自分にあったのじゃないのかと場違いな嫉妬心が顔を覗かせる。

「ようやく忘れられそうだと思ったときに、おまえはまた俺の前に姿を現したんだ」

あのとき傷付けてしまったところにカゲミツが視線を落とした。

「すぐにおまえだってわかったよ」

その声は責めているというよりも優しさを帯びているような気がした。
だけど次のカゲミツの一言でそれは思い違いだと痛感させられた。

「おまえは裏切ったんだ、俺達を」

俺達ということはきっと部隊のことだろう。
二人の思い出はもうなかったことにされているのだろうか。

「なのに・・・」
「え?」
「なのに、おまえを嫌いになれないんだ」

バンと弱い力で肩を叩かれた。
さっきまでの無表情とは違い弱々しく睨みつけてくる。

「だから俺はおまえがキライだ」

どんだけ心配したと思ってるんだよと呟かれた言葉は自分が都合のいいように湾曲しまってるのではないだろうか。
フッと顔を上げてカゲミツと目を合わせる。

「おまえが生きていてくれてよかった」

肩を叩いていた手がそっと背中に回った。
伝わる体温は嘘じゃない。

「カゲミツ君・・・」
「別に前みたいにしろなんて言わねぇ、でも、無茶はするな」

まるで夢のようだ。
どれだけ傷付けたわからないのに、この背中に腕を回してもいいのだろうか。
迷っているとカゲミツが確かめるように腕の力を強めた。

「ごめん」
「謝って欲しい訳じゃねぇ」

だけどカゲミツがこの一年半の間に負った傷は大きなものだ。
それすらも包み込んでしまおうとするのだろうか。
震える手をゆっくりとカゲミツの背中に回す。

「ありがとう」
「え?」
「もう傷付けたりしないから」

何か言いかけた口を自分のもので塞いだ。
一瞬驚いたように目を見開いたが、ゆっくりと瞼が閉じた。
しばらくそうしたあと、二人は顔を離した。

「好きだよ」
「・・・やっぱりおまえなんかキライだ」

言葉とは裏腹に肩に顔を預けてきたカゲミツをもう離さないとしっかりと抱きしめた。

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