▽10/14 20:10
「じゃあ次の休みは一日俺に付き合うで」
勝ち誇ったように言ったトキオにカゲミツはただ頷くことしか出来なかった。
*
「俺とポーカーで勝負しないか?」
そう持ち掛けられたとき、息抜きにと簡単に引き受けてしまった自分を呪いたい。
太陽は上がっているが普段なら寝ている時間、いや下手したら寝ようとしているくらいかもしれない。
そんな朝早くにカゲミツはトキオの家のインターホンを押していた。
「いらっしゃい、ちゃんと起きれたじゃん」
ドアを開いて出迎えたトキオはいつもよりもラフな格好をしていた。
頭をわしゃわしゃと撫でられそうになるのを首を振って避ける。
「一日付き合うって、何するんだよ」
むすっとした顔でそう問い掛けると、即座に答えが返ってきた。
「朝ごはん作ってよ」
食材は冷蔵庫にあるやつを使えばいいから。
もうちょっと寝るから出来たら起こしてくれ。
ふわぁと欠伸をしながらトキオはベッドルームらしいドアの向こうに消えていった。
カゲミツはといえば残された玄関でただ呆然と立ち尽くしていた。
「料理なんか自分の方が得意だろ」
しかし突っ立っていても仕方ないし、安易にゲームを受けて負けたのはカゲミツ自身だ。
家主がいないのに律儀にお邪魔しますと小さく告げてトキオの部屋に上がり込んだ。
とりあえずキッチンを見てみて気付いた。
トキオが入ったドアにコンコンとノックをしてから遠慮がちに開く。
「できた?」
少し寝ぼけたような声のトキオに、こいつのこんな姿を見ることはなかなかないなと思う。
「初めて来た家で一人で作れねぇ」
「・・・たしかに」
もぞもぞと動いてトキオが顔を出した。
こんな無防備な姿、仲間の前では絶対に見せないだろう。
そう思っているとベッドから出て、行こうかとトキオは歩き始めた。
「なんでそこで立ってるんだよ」
「見知らぬ家で一人で料理出来ないって言ったのはカゲミツだろ」
だからと言ってキッチンの入口でじっと見られたらやりにくいに決まっているだろう。
「お前悪趣味だな」
「一人暮らしだと誰かに飯を作ってもらうとかないからな」
そう言われてしまえば無下にも出来ず。
何か希望はあるかと聞けば、カゲミツがいつも作っているものでと返された。
「パンは?」
「そこにある」
「チーズはあるか?」
「冷蔵庫にあるよ」
本当に簡単なものしか作っていないのにトキオは興味深そうにカゲミツの様子を眺めている。
「そんな珍しいもんは作れねーぞ」
「いや、お前も料理出来るんだなと思って」
何が楽しいのかニヤニヤと笑っているトキオを無視してカゲミツはパンをトースターに入れた。
その間にインスタントのコーヒーを作り朝食の準備を終えた。
「あとは持って行くだけだから」
そう言うとようやくトキオはリビングの方に向かってくれた。
インスタントコーヒーに口をつけたトキオが小さく美味しいと呟いた。
「いつも飲んでるのと一緒だろ」
「誰かが作ってくれたってのが大事なんだよ」
そう言ったトキオは誰にでも作れるような簡単なトーストも美味しいと平らげた。
朝食で使った食器を洗い終えると、すっきりとした表情のトキオがニッコリと笑った。
「じゃあ溜まった家事を手伝ってもらおうかな」
「お前もやるのか?」
「カゲミツ一人にやらせる訳にはいかないだろ?」
それは家事が出来ないということなのか?
間違っていないがそうあからさまに言われるといい気はしない。
むすっと睨みつけると違う違うとトキオは手を振った。
「一人より二人の方が早く終わるじゃん」
「相手が俺なら一人でやる方が早いんじゃねーの?」
「ま、そんなこと言わずに手伝ってよ」
そこから午前中はトキオと二人で溜まっていた家事を片付けた。
二人でこんなにじっくり話したのは初めてかもしれない。
いけ好かない野郎だと思っていたけど、話してみると案外面白い奴だった。
「あ、もうこんな時間か」
トキオが驚いたような声を上げたのでカゲミツも時計に目をやった。
気付けば昼を過ぎていて、家事を始めてからもう3時間が経っていた。
「昼は適当に作るから残りよろしく」
そう言ってベランダからキッチンに向かったトキオは手慣れた様子でエプロンをつけて料理を始めた。
「冷蔵庫の余りものだけど」
そう言って出されたのはとても余りものには見えなかった。
普段コンビニ食ばかり食べているせいか、あたたかい料理は久々だ。
「タマキから上手いとは聞いてたけど」
「見直した?」
「うん、すげーな」
トキオはニィと笑いながらカゲミツが料理を口に運ぶのを眺めている。
「うまい」
「お口に合ったようで何より」
カゲミツの感想を聞いてようやくトキオも料理を口に運んだ。
後片付けも終えた昼過ぎ。
家事も終わらせた二人はのんびりとコーヒーを啜っていた。
「カゲミツは休みの日どうしてんの?」
「パソコン弄ってるか寝てるかだな」
「もったいねーの」
「彼女も作らず家事ばっかしてるお前に言われたくねーよ」
「お互い様だろ?」
軽い冗談を言って笑い合う。
こんな風に休みの日を過ごすのは初めてかもしれない。
「ならさ、今日は買い物に付き合ってよ」
「今日一日お前に付き合う約束だからな」
カゲミツがどこに行くんだと尋ねればトキオは近くにある大型スーパーの名前をあげた。
「お前がスーパーって似合わねぇな」
「そう?意外と楽しいけどな」
*
トキオに連れられて行ったスーパーは確かに楽しいものだった。
食料品だけでなく家具や服、ペットまでが置いてありカゲミツには初めて経験するものばかりだった。
食料品コーナーで試食をするのだって初めてだった。
無邪気にはしゃぐカゲミツにトキオも楽しそうに笑う。
お会計を済ませた後、大量に買い込んだ日用品を二人で持って家路につく。
「確かに楽しかったな」
「お前ははしゃぎ過ぎだよ」
腕にずっしりとした重みも悪くない。
「こうやって毎回誰か一緒に来てくれればいいんだけど」
「だから彼女でも作れよ」
何気ないカゲミツの言葉にトキオは曖昧に笑ってごまかす。
「夕食は一緒に作るんだぞ」
「お前が作ってくれるんじゃねーの?!」
「それだったら罰ゲームになんないじゃん」
「えー」
そんなことを言っているとすぐにトキオの家に着いてしまった。
「カゲミツ、これ剥いて」
「おう」
手こずるかと思った料理は思ったより順調に進んだ。
それはカゲミツが予想以上に料理が出来たからだ。
「俺、お前のこと甘く見てたわ」
「学生時代にやらされたんだよ」
「なるほど」
今はこんな姿だが公爵家の一人息子なのだ。
簡単な料理くらいなら習っていてもおかしくないだろう。
感心していると不機嫌そうにほらと切り終わった野菜を渡してきた。
出来は下手な女の子より上手だろう。
味付けの部分はさすがにトキオが受け持ち二人の夕食作りは終わった。
一人で食べるよりも美味しいし、それが自分で作ったものとなるとまたそれは格別だ。
満腹でソファーに座っているとトキオがニッコリと笑い掛けてきた。
「今日一日どうだった?」
「疲れた、けどまぁ楽しかったかな」
「それはよかった」
俺的にも合格だし。
付け加えられた言葉にカゲミツが首を傾げる。
「合格?」
「ねぇ、カゲミツ。俺と付き合ってよ」
「はぁ?今日一日付き合ったじゃねっ・・・」
言葉が途切れたのは、柔らかいもので口を塞がれたからだ。
目の前にはさっきよりもグッと距離を詰めたトキオの顔がある。
「そういう意味じゃなくてさ」
じゃあどういう意味なんだ、なんて聞くまでもなく理解出来た。
キヨタカとは違う意味でいつも自信に溢れているトキオが真剣な眼差しで見つめてくる。
「俺はさ、カゲミツとこういう生活を送りたい」
「それなんか、プロポーズみたいだな」
「そう思うならそれでも構わないよ」
俺は別に同性愛者じゃない。
なのにそれも悪くねぇかもって思っちまったのはどうなんだろうな。
「返事は今日じゃなくても」
「俺はもうちょっと楽したいんだけどな」
「へ?」
「だからたまにしか家事は手伝わねーぞ」
一瞬ぽかんと呆気に取られたトキオが瞬時に意味を理解して笑顔になる。
両腕を首に回して思いっきり体重を掛けてきた。
「重っ」
「カゲミツ、好きだよ」
押し倒されるようにして囁かれた告白には、腕を背中に回すことで答えた。
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