▽10/08 22:44
休みの日、ふとそこへ足を向けたのは本当にただの思い付きだった。
でも後から考えてみれば、これは必然だったのかもしれない。
重い木の扉をギィと音を立てて開くと、そこは昔見たときのように教会と呼ぶには少し荒れ過ぎていた。
こんな昼間にスラムの教会に来るやつなんていないよな。
アラタがそう思いながら足を進めると、突然人の後ろ姿が目に入った。
「こんな時間、こんな場所に一人で来るなんて変わり者だな」
振り向くことなく投げ掛けられた言葉に、アラタは息を詰めた。
(まさか、そんな)
聞き覚えのある声にアラタが返事を出来ずにいると、黒い髪がふわりと振り返った。
そこにいるのは紛れもなく今自分が考えた人物で、驚きを隠すことが出来ない。
「タマキ、ちゃん・・・?」
どうやら成長したアラタにタマキは一目見ただけでは気付かなかったらしい。
名前を呼ばれてようやく気が付いたタマキはへぇと感心したように声を上げた。
「すっかりいい男になったじゃん」
つかつかと近付いてきたかと思えば舐めるように全身をじっくりと眺める。
まるで品定めをされているみたいだ。
以前のタマキならこんな風には見なかったはずだ。
そう考えて今目の前にいるのは自分の知っている人とは別人なんだと思い込ませる。
「すっかり大きくなったな」
腕にそっと触れてくる指が妙な艶めかしさを纏っている。
以前は自分が見上げていた大きな瞳に見上げられる。
それは酷く蠱惑的だ。
元々天然で男すら魅了してしまうような人だった。
でも今は明らかに狙ってそうしているのがわかる。
「最近カナエが冷たいんだ」
腕に触れていた手をゆっくりと撫で上げて、両手を首に回した。
言葉にしなくてもキスをねだられているのだとわかる。
タマキはゆるい力で首を引き寄せて妖艶に微笑んだ。
「なぁ、抱いてくれよ」
耳元に息を吹き掛けるように囁かれて、唇を重ねようと近付いてきた顔を寸のところで止めた。
「これは何かの罠なの?」
「まさか。ただキモチヨクなりたいだけ」
アラタがこんなところに来ると思わなかったし、そもそも最初アラタだと気付かなかっただろ?
そんな演技くらい、今のタマキならば簡単にやってのけるだろう。
疑いの眼差しを向けるとクスリと笑われた。
「俺はカナエがいるからあそこにいるだけだ」
その目は微かに寂しさが浮かんだように見えた。
しかしすぐにそれは消え、誘うように瞳を揺らす。
「でもカナエが最近相手をしてくれない、そこにアラタが現れた訳だ」
パッと身体を離し、タマキの手が肩から胸を伝う。
それだけで恍惚そうな表情を浮かべた。
「満足させてやるから、絶対」
お前もきっと俺に夢中になる。
自信を持って言い切ったタマキにアラタはニコリと笑顔で返した。
カゲミツ君が聞いたら、卒倒してしまいそうだなと思いながら。
「いいよ、タマキちゃん。抱いてあげる」
「契約成立だな」
「ただし場所は僕が決めさせてもらうよ」
「どこでもいいから早く」
腕に引っ付いてきたタマキはおもちゃを与えられた子供のように目を輝かせている。
部隊にいた頃とは全く違う種類の輝きだ。
「なんなら俺はここでもいいんだぜ」
言うなりシャツのボタンに手を伸ばしてきたタマキをやんわりと遠ざける。
「こんなところでシて、カナエ君に見付かったら僕が殺されちゃうからね」
わざとそんな言い方をするとタマキは一瞬黙ったけれどまた早く早くと急かしてきた。
「じゃ行こうか、タマキちゃん」
少し考えてからそう告げると、タマキは酷く嬉しそうな顔で頷いた。
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