▽09/14 17:17

ただ眠るためだけ。
カナエにとってこの家はそれだけの為のものだった。
それ以外の意味は何も持たない空っぽで無機質な空間。
だけどここ最近、相変わらず何もないこの家も本来の役割を取り戻しつつあった。
ただ眠るだけではない、休息だとか安心だとか。
なぜそんな風になったかといえば自分を取り巻く環境が大きく変わった。
自分には一生縁がないと思っていた平穏な生活を送っているからだろう。
それともうひとつ。
この部屋の意味を大きく変えたのは彼の存在だ。

満腹感に満たされ、最近買ったばかりの小さなソファーに背中を預ける。
満腹感に満たされるという感覚もここ最近覚えたものだ。
平穏な生活はこんななんでもないことにでも幸せを感じるのだろうか。
さして興味のないテレビを眺めながらそんなことを考えていると、急激に眠気が襲ってきた。
今までこんなに眠気を感じることなんてなかったのに。
少し気を緩め過ぎではないだろうか?
そう思っても台所から聞こえる食器を洗う音を聞いていたらそんな考えも眠気にさらわれてしまった。
重くなった瞼に逆らわずに目を閉じる。
ほどなくしてカナエはすやすやと小さな寝息を立てはじめた。

*

じぃーっと見られている感覚がする。
まどろんだ頭がスッと覚醒しゆっくりと瞼を上げるとそこにはカゲミツの顔があった。
普段なら有り得ないほどの近い距離に。
間近にある綺麗な琥珀色から目が、離せない。
まるで空に吸い込まれるような、そんな感覚だった。

随分と長い間見つめ合っていた気がするけれど、実際は一秒足らずだったのかもしれない。
カナエが起きたと気付いたカゲミツは気まずそうに普段の距離に戻した。

「・・・起きたのか」
「視線を感じてね」

それはもう習性みたいなものだった。
安心して寝ていられないほど殺伐とした状況に身を置いていたのだ。
ちょっとした隙が死に直結する。
そんな状況だったからこそ、人の気配には敏感になってしまうのだ。

「起こしちまって悪かった」

そう言って立ち上がろうとしたカゲミツの腕を咄嗟に掴んだ。

「どうしてあんなに見てたの?」

最近しょっちゅう家に泊まり来るようになったカゲミツは寝顔なんて珍しいものでもないはずだ。
距離が妙に近かったのも少し気になる。
素直に疑問をぶつけるとカゲミツは一瞬言うか迷う表情を見せたが、口を開いた。

「ぐっすり寝てるなぁと思って」

それは一瞬でも言うか迷うほどのことだったのだろうか。
疑問が顔に出ていたのかカゲミツは視線を逸らしながら言葉を続けた。

「俺がこの家に来始めた頃、すぐに目を覚ましてただろ」

それは過去の習性がまだ抜けきっていない頃の話だ。
カゲミツの寝返りひとつで目を覚ましていたものだ。
でもなぜそんな話をされるのかがわからない。
黙ってカゲミツに促す。

「例えばちょっと顔近付けたときとか」

それはそうだと思ったところで気がついた。

「カゲミツ君、どれくらい俺の顔見てたの?」
「ばっ、そんなこと聞くなよ!」

カナエに他意はなかったのだが、カゲミツはお前意地が悪いぞと顔を真っ赤にして近くにあるクッションを殴っている。
でもどうしても気になってしまったのだ。
理由はカゲミツの恥じらう姿が見たいからではない。

「ねぇ、カゲミツ君」

真剣な顔で名前を呼ぶとクッションを殴る手を止めた。

「3分くらいは見てた、と思う・・・」

観念したように小さな声で返された言葉にカナエは驚愕した。

「う、そ・・・!」
「そんなに嫌がらなくてもいいだろ!・・・じろじろ見て悪かったよ」

最近俺がいろいろしても起きなくなったと思うと、つい嬉しくなっちまったんだ。
ぷいっとそっぽを向いたままカゲミツがそう付け加える。
ふて腐れるようなそんな姿が愛しい。
だけどひとつ気になることがあった。

「最近?カゲミツ君、今日以外にも何かしたの?」
「あっ・・・!」

驚いた顔にしまったと大きく書いてある。
また黙り込むかもしれないなと思っていると、今度は顔を俯かせながら答えた。

「・・・・・・キス、した。ほっぺにだけど」
「それで俺は起きなかったの?」
「ぐっすり眠ったまんまだったぞ」

人に触れられても起きないなんて、少し前の自分なら有り得ない。
自分自身のことが信じられない。
頭を真っ白にさせていると、不機嫌そうなカゲミツの声が聞こえた。

「俺、帰るわ」
「ど、どうして?」
「またお前の寝顔を覗いたり、寝てる間にキスしたりしちまうかもしれねぇからな」

カゲミツはカナエの驚きを自分の行動のせいだと取ったらしい。
立ち上がりかけたカゲミツに背中から腕を回して抱きしめる。

「違うよ、カゲミツ君」
「何が違うんだよ」
「嫌なんじゃなくて、自分に驚いてるんだよ」

そんなに安心して眠れたことなんてなかったから。
そう付け加えると、カゲミツが抵抗をやめた。
視線は合わせないけれど、大人しく腕の中に収まっている。

「最近自分でも驚くくらいぐっすり眠れるようになったんだ」
「そりゃよかったな」
「どうしてかわかる?」

背中から抱きしめているのをいいことに耳元で囁くと、ふるりとカゲミツが震えた。

「・・・わかんねぇよ」
「そっか、じゃあ教えてあげるね」

抱きしめる腕に力を込めて、体をぎゅっと密着させる。
ちらりと髪から覗く耳は真っ赤だ。

「それはね、カゲミツ君が隣にいてくれるからだよ」

耳に息を吹き込むように囁く。
恥ずかしいのか、カゲミツは胸の前に回された腕をぎゅっと握り締めている。

「だからこれからもぐっすり眠れるよう、ずっと隣にいてね」

そう言って赤く染まった首筋にひとつキスを落とす。
すると小さく、だけどコクリと頷くのが見えてカナエはクスリと笑みをこぼした。

*

お題と内容がそれた気はしています←

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