▽09/03 22:47
オミが一人で作業していると、コンコンとワゴン車のドアがノックされた。
同乗者はノックなんてするはずがない。
怪訝に思ったオミがゆっくりドアを開けると、そこには珍しい人物が立っていた。
「俺しかいないよ」
「オミに話しがあるんだ」
にこやかに笑ったタマキが入るよと言ってワゴン車に乗り込んでくる。
わざわざタマキがここに来てまで話したいことなんて想像もつかない。
オミが自分の場所に座るとタマキも適当なところに腰を掛けた。
「カゲミツと仲がいいんだな」
何を言われるのかと身構えみたら、突然そんなことを言われた。
意図が掴めず探るように目を細める。
するとタマキが楽しそうにクスリと笑った。
それはいつも仲間に見せる笑顔とはまた別のものに見える。
「何が言いたいんだい?」
回りくどい言い方はやめて単刀直入に尋ねた。
タマキはずっと笑顔を絶やさないが、妙に違和感がある。
「さっきカゲミツと言い合いしてただろ?仲がいいなと思って」
言い合いをしてたのに仲が良く見えるだなんて矛盾している。
まだタマキの真意が見えない。
「カゲミツは俺にはあんな風に突っ掛かってこないからな」
「当たり前じゃない」
カゲミツはタマキのことが好きで好きで仕方ない。
だから言い合いになりそうになったときはカゲミツが折れることがほとんどだ。
一体それがどうしたのだとタマキの顔を黙って見つめる。
「カゲミツに素で突っ掛かられるオミが羨ましいんだ」
「どうして?」
「それだけカゲミツが心を許してるってことだろ?」
それにタマキは付け加えた。
「さっき言い合いになった理由、覚えてる?」
「コーヒー、でしょ?」
それはつい一時間ほど前のことだ。
給湯室からコーヒーを手に定位置のソファーに戻ると、カゲミツがむすっとこちらを睨みつけてきた。
「・・・何?」
「お前、それ今日何杯目だよ」
咎めるような口調だがそんなこと気にしている余裕はない。
わからないと正直に答えると近くに置いてあったマグを取り上げられた。
「何するんだい」
「あんまり飲み過ぎると体に毒だ」
「お前には関係ないだろ」
なんだととカゲミツがつかみ掛かりそうになったところでキヨタカが仲裁に入ったのだ。
オミが暑い中一人ワゴン車で作業しているのはそんな理由もある。
「カゲミツはあんな風に声を荒げたりしなかったんだよ、オミが来る前は」
どういうことだと視線で投げ掛ける。
「だからさっきも言っただろ?カゲミツはオミになら突っ掛かっていけるんだ」
まだ意味がわからない。
するとタマキがふぅと溜め息をついた。
「カゲミツの中にJ部隊の誰とも違う居場所を持ってるんだよ」
自分では気付いてないみたいだけど。
そう言ったタマキは少し笑った。
違和感のある笑顔は、いつもより作為的なものを秘めているからだ。
「だから俺はオミが羨ましい」
きっぱりと言い切ったタマキに今度はオミが笑う番だ。
「カゲミツに愛されているくせに、何言ってるの?」
密かにカゲミツに恋心を抱いているオミの方がタマキを羨むことは多い。
同じ言動でもカゲミツのリアクションはあからさま過ぎるくらいに違う。
この恋心を本人に伝えるつもりはない。
けれどその違いに時々辛くなることだってあるのだ。
オミがタマキを睨みつけると、タマキはクスリと笑った。
「だからだよ」
「は?」
「愛されてるからこそカゲミツの中に特別な居場所があるお前が、」
許せない。
顔は笑っているのにぽつりとこぼれた声は一瞬怯んでしまうほど冷たかった。
「これで話はおしまい」
タマキはそう言うといつも仲間に見せるような笑顔に戻った。
邪魔して悪かったなと言っている様子はさっきと同一人物かと疑いたくなるほどだ。
しかしドアから出る直前、振り返ったタマキはこう宣言した。
「どうするつもりか知らないけど、俺はカゲミツを渡すつもりはないから」
じゃあとドアを閉め、遠ざかる足音にオミは目を俯かせた。
派手に突き付けられた宣戦布告に答えるべきか、無視するべきか。
面倒だと思いながらひとつ溜め息を吐き出す。
しかしそう思いながらもオミの心にはひとつの決心をつけ、顔を上げ仕事を再開したのだった。
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