▽05/20 23:01

「カゲミツ君からキスしてくれるかな?」

カナエが笑顔を見せながら、かっちり締めているネクタイを緩めた。
普段ならば絶対に嫌だと拒否するところだが、今日のカゲミツはただただ言葉に詰まって俯いている。
それもそのはず、今のカゲミツに言い返せる立場にいないのだ。

明日の夜、一緒に食事に行こう。
そうカナエから電話があったのは昨日の夜のことだった。
直接言わなかったのは、みんなに聞かれるのを嫌がるカゲミツへの配慮だ。
恋人の誘いを断る理由もない。
カゲミツはわかったと了承して、二人の電話は終わった。
今日のカゲミツは非番の日だった。
午前中の間に溜まっていた家事をやり、昼を過ぎた頃にパソコンの前に座った。
仕事をするつもりはなかったけれど、少し時間があるとやはり触りたくなってしまうのだ。
待ち合わせまでまだ時間があるし、その考えがよくなかった。
今更そんな後悔をしたって、後の祭りだけど。
最初はポチポチと気になるニュースを見ているだけだった。
しかしその途中で興味をそそられるニュースを見つけてしまったのだ。
夢中になれば、周りが見えなくなる。
これは悪い癖だという自覚があった。
そしてその悪い癖を、今日、露呈してしまったのだ。

ピンポーンというインターフォンの音でカゲミツはパソコンから意識を外した。
一体誰なんだと玄関のドアを開けると、何してるの?と笑顔のカナエが立っていたのである。
慌てて時計を確認したって遅い。
上がるねと勝手に靴を脱いだカナエは相変わらず笑顔を崩さない。

(これはヤバイ・・・!)

笑顔で怒っているカナエは怖い。
過去の経験からぶるぶると震えたところで状況は変わらない。
ちらりとパソコンに目をやってからソファーに座ったカナエ。
お茶を出そうとキッチンに向かったカゲミツを止めた。

「お茶はいいから、何してたの?」

相変わらずニコニコとカナエは笑みを浮かべている。
隣に座ることは憚られ、カナエの正面に正座した。

「まだ時間があるからと思ってパソコンつけたら夢中になっちまって・・・」
「今日食事に行く約束してたの、忘れてたの?」
「忘れてたんじゃねぇ!・・・ただ時間が過ぎてるのに気付かなかっただけで・・・」

語尾が小さくなってしまったけれど仕方がない。
顔を俯かせ、ギュッと膝の上で拳を握り締める。

「何回も電話、したんだけど」
「悪い、全然気付かなかった」

携帯はカナエの座るソファーの上に放置されたままだ。
着信を知らせるように緑のライトがピカピカと点滅している。

「悪いと思ってる?」
「思ってる!」

これは本心だ。
カゲミツも食事は楽しみにしていたのだ。
結果的にすっぽかしてしまったけれど。

「じゃあ誠意を見せてくれる?」

そして冒頭の流れに戻るのだ。
だらりとネクタイをぶら下げたカナエが慈悲深い笑みを浮かべながら悪魔のような言葉を告げる。
恥ずかしがり屋なカゲミツに自分からキスをさせるなんて相当ハードルが高い。
しかしこのまませずに終わるということは出来ない。
もししないまま終わったら、これ以上のことを要求されるのは目に見えている。

意を決してカゲミツは立ち上がった。
軽くカナエの肩を掴むと座ってと優しい声で命令される。
恐る恐るカナエの上に跨がると、想像以上に顔が近くて背けたくなったのをグッと堪えた。

「なんかそういう気分になるな」
「へ?」
「今度やってみようね」

軽く腰を揺すられてカナエの意図するところを理解した。
顔が熱い。きっと白い肌は耳まで真っ赤だ。
キスしない限り、ずっとこの至近距離から離れられない。
カナエの首に両手を回し、ギュッときつく目を閉じる。
そのまま思い切って顔を近付けると、唇に柔らかいものが当たった。
終わったと離れようとしたカゲミツの頭をカナエの手が止める。

「まさか一回だけ、なんてないよね?」

疑問形なくせに有無を言わせない口調にカゲミツが目を伏せてまた顔を近付ける。
何度かキスを繰り返し、ようやく顔を離すことが出来た。
もぞもぞとカナエから下りようとする。

「さ、練習は終わりだよ」
「え?」
「あんなのキスって言わないよ」

腰を掴まれ、質が悪い笑顔に見つめられる。
仕方なく再び重ねた唇からちろりと舌を出すと、すぐにカナエのものと絡められた。
どちらのものかわからない唾液が口の端を伝う。
そんな長い長いキスだけで終わるはずもなく、楽しい食事になる筈だった夜は思い出したくもない一夜になってしまったのだった。
翌朝、痛む身体を摩りながら隣ですやすやと眠るカナエを眺める。

(次はもう絶対こんなへまはしねぇ!!!)

そう心に堅く誓ったカゲミツだった。

*

カゲミツをいじめるのって、楽しいですよね←

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