▽07/17 01:45

よいしょとキャスターを軽く動かして後ろ向きに棚を探る。
あれ、このへんにあったはずなのに。
パソコンから目が離せず、そのまま探っていると突然手を掴まれた。

「お前細過ぎるだろ」

驚いて後ろを振り向くと、少し眉を寄せたトキオと目が合った。
はい、と探し物だったファイルが手の内に乗せられる。
サンキューと礼を述べてもトキオはまだ手首を掴んだままだ。

「昨日の夜何食った?」

突然の問いにぽかんとなってしまった。
毎日同じようなコンビニ食ばかりだ。
昨日の晩飯を聞かれても思い出せない。

「どうせコンビニ弁当だろ?」

図星なので何も言い返せない。

「よーし、じゃあ今日はおにーさんがカゲミツ君にご飯を作ってあげよう」

わしゃわしゃと髪を掻き混ぜてトキオは楽しそうに笑った。

「今日終わったら家行くから」

鍵を開けて待っとけよ、トキオはそう言うと楽しげに歩いて自分の席に戻った。
こうして今日の夕食はトキオが作ってくれることになった。
オミは不満そうな顔をしていたけれど。


「冷蔵庫からっぽだな」

酒とツマミしかないじゃんとトキオが冷蔵庫を閉めて苦笑した。
とりあえず買い出しだなと顎に手をあてて考えている。

「カゲミツ、何か食べたいものないか?」

さすがにお前の実家みたいなのは無理だと言われムッとする。
冗談だってば、なんてトキオは笑っているけれど。
暫く考えてふと思い付いた。
実家にいるときは存在さえも知らなかったその料理。
家を出て初めて聞いたおふくろの味というもの。
世の中の男性は女の子にこれを作られると嬉しいとネットで見たことがある。

「トキオ、肉じゃが食いたい」
「もうちょっといいもんあるんじゃない?」
「俺、食ったことないんだ」

その言葉にため息をついていたトキオの目が見開かれた。
まじまじと顔を見つめてそうかと納得する。

「じゃあ買い出し行ってくるから」

また大きな手がくしゃりと髪を撫でてから、部屋を出て行った。


買い出しから帰って来たトキオは慣れた手つきで台所に立っていた。
誰かが台所に立つ姿はカゲミツにとっては珍しいものだった。
やりかけだった仕事の手を止めトキオの料理する姿をじっと見つめている。

「そんなに見つめられたら照れちゃうじゃない」

エプロン姿は少し間抜けだが、包丁を捌く姿はまるで仕事中のように集中している。
あっという間に食材が料理になっていく様子にカゲミツはただただ感心する。

「よし、」

トキオはそう言ってカゲミツを見て微笑んだ。

「出来たよ」

見せられた料理は画面の向こうでしか見たことないもので。
出来立てのほやほやとした空気と鼻をくすぐる香りに思わずお腹が鳴る。
オミを呼んできてという言葉に、子供みたいに走った。

「どう?初めて食べる肉じゃがの味は」

綺麗に盛り付けられたじゃがいもに箸をつける。
口に入れてもぐもぐと数回噛んで、驚いた。

「・・・うまい」

これを女の子に作ってもらったら惚れるという気持ちがわかった。

「今まで食べたどの料理よりもうまいよ」
「大袈裟だなぁ、カゲミツは」

俺に惚れた?なんて冗談にも頷きそうになる。
オミも不機嫌そうな顔ではあるが黙々と箸を口に運んでいる。
三人で多めに作った分を全て平らげてしまった。
さらにトキオはついでだからと洗い物までしてくれた。
タマキがトキオは主夫だと言っていたが、まさにそうだった。

「今日はありがとな」

洗い物を終えたトキオにワインを開ける。
お礼になりそうなものがそれくらいしかなかった。

「お前料理うまいのな」
「惚れた?」
「・・・ちょっとだけ」
「なら作戦成功だな」

トキオの言葉にソファーから身を起こすと冗談だと手を振られた。

「お前があんまりにも細いから心配になったんだよ」

たまには料理作れよと手首をぎゅっと掴まれる。

「いつでも作りに来てやるから」

俺も一人で作って食うよりはいいとトキオが付け加える。
たまにはお願いしようかな、そう考えたときにトキオが大きな声を出した。

「あ!俺んちに住めばいいじゃん」

毎日料理作ってやるよという言葉に少し考え込む。
トキオの料理はうまい。
コンビニ弁当なんて、もう食べられないくらいに。

「それはダメ」

パソコンをしていたオミが横から口を挟んだ。
作業効率が落ちるとは最もな理由だ。
その言葉を聞いてしばらく黙ったトキオだったがすぐに顔を上げた。

「俺がここに住めばいいじゃん」
「確かにヒカルはほとんどいねぇしな」
「この部屋に三人はきついんじゃない?」
「タマキとカナエと暮らしてたし、大丈夫だろ」

ムッとオミが拗ねはじめたので話をやめた。
そろそろ帰るというトキオを玄関まで見送る。

「今日は本当にありがとう」
「カゲミツがおいしいって言ってくれて嬉しかったよ」

またな、トキオが荷物を持った瞬間に振り返った。
ちゅっと唇が触れ合い、訳が分からなくなる。

「今日のお礼はこれで」

じゃあねとトキオは家を出て行った。
玄関で一人取り残されたカゲミツは顔を真っ赤にして立ち尽くしていたのだった。



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