▽10/11 01:36

まだ起き切らない頭を覚ます為にブラックのコーヒーを飲んでいると、ガチャリと音を立ててミーティングルームのドアが開いた。
おはようと凛とした声で入って来たタマキを横目に隣にいるカゲミツの姿を探す。
いつもならば二人並んで入って来るはずなのにと様子を伺っていると、ドアがパタンと閉められた。
季節の変わり目だし風邪でもひいたのかもしれない。
そう自分で納得しようとしたけれど、そうなるとタマキの態度に違和感を覚えた。
もしカゲミツが風邪でもひいたらもっと心配そうにしているはずだ。
こっそりとタマキを観察してみたけれど、心配している様子はない。
少しいつもより行動が雑なような気がするけれど。
腕を組みながらコーヒーを飲んでいると、ドアが開く音とけだるそうな挨拶が聞こえた。
その声に後ろを振り向くと、いかにも不機嫌だというカゲミツが自分の席に座った。
あぁ、これは珍しく喧嘩でもしたな。
そう思いながらカゲミツに尋ねる。

「どうしたの?」
「何が」
「タマキと別々に来るなんて、何かあったとしか思えないだろ」
「別に、なんでもない」

いつにも増してつんけんとした物言いに、今はこれ以上言っても無駄だと引き下がる。
タマキを一瞥してから煩わしそうにヘッドフォンに手を伸ばしたカゲミツに、これは大事だなと思った。

そのままカゲミツとタマキは一言も交わすことなく、顔も見ないままに仕事を終えた。
駄目元でカゲミツを飲みに誘えば、タマキに確認することなく了承されて内心驚く。
適当な場所に入り、何があったのかと尋ねるとアルコールのせいかつらつらと話し始めた。

事の発端はカナエと肩を寄せ合って眠っていたことを咎めようとしたことからだった。
恋人の前で他の奴と肩を寄せ合っていたら誰だって気分が悪いだろう。
カゲミツに向ける贔屓をなしにしたってそう思う。
それがただの同僚どころか、過去に関係のあった人間だったら尚更だ。
その無神経さに呆れていたら、タマキは話も聞かずに逆ギレしてしまったと続けられて呆れも通り越してしまった。
カゲミツは一体タマキのどこに魅力を感じているか、全く理解出来ない。
俺ならカゲミツのことを第一に考えて、そんな気持ちには絶対させない。
心でそう思っても口に出せる訳もなく、いつもより早いペースでビールを煽るカゲミツをただじっと見ていた。

「俺の気持ちもちょっとは考えてくれよ・・・」

溜め息とともに吐き出された小さな言葉に、ちくりと胸が痛んだ。

早々に酔い潰れたカゲミツを自宅まで連れ帰りベッドの上に寝かせる。
サラサラとした髪にそっと触れてみると、その心地良さにずっと触れていたくなりそうになって手を離した。
時刻を見ると23時を少し過ぎたくらいだ。
タマキはきっと心配しているんだろうな、なんて人事のように思う。

「ちょっとくらい、心配させてやればいいんだ」

それは素直な気持ちでもあり、もう少しカゲミツを独占していたいという気持ちでもあった。
気持ちが悪いのか眉間に皺を寄せたり、かと思えば気持ち良さそうな寝息を立ててみたり。
むにゃむにゃと寝言を言うカゲミツは普段の無愛想さからは考えられないほどあどけない。
ずっと、こんな顔を見ていたい。

「もっと、大切にして欲しいものだね」

ちらり時計を見たら、そろそろこの幸せな時間もタイムリミットだ。
カゲミツが好きだ、ずっとこうしていたい。
けれどそれで自分は満たされても、カゲミツは幸せにならないから。
もう一度触り心地の良い金髪を一撫でして、ポケットの中の携帯を取り出した。
恐らくタマキはもうすぐカゲミツを迎えにやって来る。
いけないという気持ちを抑え切れずに、もう一度髪に触れた。

「今日の分は俺の奢りだ、その代わり・・・」

薄く開いた唇に軽く自分のものを重ねてから、瞳を閉じた。


時間も考えずにドタドタと部屋に上がり込んで来たタマキに、意外と愛されているんだなと思う。
途中の会話でタマキは隠れた思いに気付いたらしい。
絶対に渡さないというようにカゲミツを抱える腕に力を込めたタマキに、くすりと笑みがこぼれてしまう。
二人の邪魔をしようなんて、これっぽっちも思っていないのだから。
ただ、大切にしてくれないと攫われても知らないからね?
口には出さず心の中で呟いて玄関のドアを開けた。

「落とさないようにね」

小さく礼を告げて歩いていく二人を見送る。
ふと空を見上げてみると、空にはまんまるな満月が輝いていた。

「月が綺麗ですね、か」

その昔、教科書に載っていた話を思い出す。

「俺ならそうは訳さないな」

誰にでもなくそう呟いて、まだ少し温もりの残る部屋へと戻った。

I love youの訳し方
(君の幸せを願います)


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