▽04/22 01:45
結局そのまま家には帰らず翌朝ミーティングルームに向かった。
行く当てはないがここはシンジュクだ。
一晩過ごそうと思えばどうにだってすることが出来る。
あくびを噛み殺してミーティングルームのドアを開けた。
適当に挨拶をしながら自分のデスクに向かうと鋭い目で見てくるカゲミツが見えた。
「おはようカゲミツ、よく眠れたかい?」
多分一晩帰らなかったことに怒っているのだと思う。
付き合い始めてカゲミツに無断でどこかに行くことはなかったし、ましてや外泊なんてしたことがない。
うっすら浮かんだ隈を見れば寝ていないことなんてわかるのに、わざと見えない振りして軽い調子で尋ねた。
「・・・・・・」
無言、か。
とりあえず顔を確認するとカゲミツは何も言わずにソファーの方に行ってしまった。
多分心配していたんだろうと思うけど、これじゃあ可愛くない。
喧嘩してる訳じゃないから、いつものようにノートパソコンを手にカゲミツの隣に腰を下ろした。
「なんだよ」
「別にいつもと一緒だろ?」
「そういえばお前、昨日どこ行ってたんだよ」
周りを見回して声を潜ませて。
付き合っていて一緒に暮らしているのはみんな知っていることなのに、カゲミツはいつもこうしてヒソヒソと話す。
「カゲミツが嫌がる場所、かな?」
小さな声で話すために近付いていた顔が不機嫌に歪んだ。
クンクンと髪のあたりを嗅いでる。
しばらくそうしていたが、スッとカゲミツが離れた。
「どうかした?」
「なんでもない」
その六文字が強がりだってわかってる。
髪を嗅いだのはきっと知らない香りがしたからだ。
目を伏せてテーブルの上にあったパソコンを膝の上に乗せた。
もうどう過ごしたのかと追求してこない。
だからそれ以上は話さない。
きっといろんなことを考えて葛藤しているはずだ。
就業時刻を過ぎて仲間達が帰って行くのを視界の隅で確認する。
まだ仕事が残っているのでパソコンに向かっていると、カゲミツが遠慮がちに声を掛けてきた。
「まだ残るのか?」
「まだ終わらないからね」
それで会話は終わってしまった。
しかしカゲミツはまだ俺の後ろに突っ立っている。
言いたいことがあるけど言いあぐねている、そんな様子だ。
いつもなら俺からきっかけを与えるところだけど、でも今日は声は掛けてあげない。
しばらくキーボードを叩く音だけが部屋に響いた。
「オミ、・・・・・・今日は帰るか?」
意を決したのか、カゲミツが口を開いた。
その声はらしくなく不安げだ。
座ったままクルリと向きを変えてカゲミツと向き合う。
ゆらゆらと琥珀色が揺れている。
「どうしようかな」
クスリと笑って答えるとカゲミツが目を伏せた。
憂いを帯びたその表情がとても綺麗だ。
「・・・他に誰かいるのか?」
どういう意味で言っているのかは聞かなくてもわかった。
泊めてくれる相手がいるのか、もっと言えば自分以外に相手がいるのか。
そんなのいる訳ないけれど、笑顔のままはぐらかす。
「さぁ、どうだろう」
答えを聞いてカゲミツが傷付いたような顔をする。
その顔もなかなかそそる。
「じゃあ俺に、・・・飽きたのか?」
「そんなこと言ってないだろ?」
しばらくの沈黙の後、カゲミツが絞り出したような言葉は即座に否定する。
それで別れ話になんかなったら笑えない。
この答えにカゲミツがどう出るか。
腕を組んで背もたれにもたれる。
きゅっと唇をきつく結んだカゲミツが、何かを決意したように足を一歩踏み出した。
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