▽03/28 00:22

「カゲミツ、こっち向けよ」

名前を呼ばれただけでどきりと肩を揺らし、振り向いたら満面の笑顔を浮かべたタマキがスプーンを差し出していた。

「新発売なんだけど、おいしいぞ」

ほらと言わんばかりに向けれたスプーンを、カゲミツは少し顔を赤くしながら控え目にくわえた。
言ってみれば、あーんと食べさせてもらっている状態だ。
大好きなタマキが使ったスプーンで。
あーんに間接キスでもうとっくにキャパをオーバーしているというのに、畳み掛けるようにタマキはどうだ?と顔を見上げた。

「すげーうまい」

へにゃりと顔を崩したカゲミツは幸せそのものといった感じだ。
そりゃそうだ、大好きな相手なんだから。

「そっか、じゃあ今度カゲミツの為に買ってくるな」

とどめにニコッと擬音語がつきそうな笑顔を見せた。
一連の流れを見ていて、本当にタマキはズルイと思う。
長年思われていた時には気付かずに、今になってカゲミツが好きだなんて。
しかもカゲミツから告白してくれるのを待つよと言うのだ。
こうやって毎日目の前で見せ付けられる身にもなって欲しい。
カゲミツが仕事に戻ってもそこから目を離さずにいると、タマキと目が合った。
さっきまでの無邪気な笑顔はどこへやら、挑戦的な笑顔を浮かべて近付いてきた。

「オミも食べるか?」

差し出されたのは先程カゲミツが使ったスプーンで、圧倒的に自分が有利なんだと言われているようだ。

「いいよ、別に」
「そうか、おいしいのに」

残念だと言ってプリンを一口掬った。

「うん、おいしい」

タマキはそれだけ告げると自分の席に戻り、アラタ達と談笑を再開した。
それを見てようやくふぅ、と息を吐き出す。
人のことなんか気にせずに、さっさと気持ちに応えてやればいいのに。
その方がカゲミツだって幸せだし、自分だって気が楽だ。
そんな風に考え事をしていたら、突然目の前にマグカップが突き付けられた。

「疲れてんのか?」

次に掛けられた言葉はぶっきらぼうながらも一応心配してくれているようだった。
顔を上げてチラリと声の主を伺う。
自分のマグカップに口をつけながら鋭くこちらを睨みつけている。

「どうして?」
「スピードが落ちてる」

クイッと顎で示されたのはキーボードに置いた指で納得する。
そんなところまで見られているのは意外だったけど。

「俺ブラックしか飲まないから」
「知ってる」

言葉とともにグイッと押し付けられたカップを受け取る。
一口啜るとほろ苦い味が口いっぱいに広がった。

「疲れたら休め」
「お前に言われたくないね」
「じゃあ休憩するぞ」

言うと同時にノートパソコンがぱたんと音を立てて閉じられた。
驚く暇もなくカゲミツがソファーに割り込んできた。

「何がしたいんだい?」
「俺が休憩したらお前にも言えるだろ」

そこまでしなくてもいいのにと、喉まで出かかったのをグッと飲み込んだ。
カゲミツの優しさが辛い。
タマキと幸せに、なんて思えなくなってしまう。
何も言えなくなってしまったオミにカゲミツが勝ち誇ったかのように笑う。
どう見たって仲の良い友人だ。
しかしタマキはその様子をスッと冷めた目で眺めていた。
自分とは違った意味でカゲミツはオミを特別に思っている。
昔からの友人のせいか、カゲミツはオミに対して今まで見たこともない顔をするようになった。
オミは端から勝負をする気はないようだけど、それはどれだけカゲミツに気に掛けられているか気付いていないだけだ。

「5分したら起こせ」
「何言ってんの?」

オミの肩に頭を預け、すぅすぅと寝息を立てはじめたカゲミツ。
そのことにタマキがどれほど嫉妬しているかなんて二人は知る由もない。
カゲミツは決してそんなこと言わないからだ。
仕方ないなと言いながらも優しさに満ちたオミの手がカゲミツの髪を撫でる。
二人の間にできた空気に、有利なはずの自分の立ち位置がぐらりと傾いた気がした。

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