ウィーズリー家の長女様
02
「さあ、みんな。楽しく過ごしなさいね」
母さんは、パーシーの頬にさよならのキスをした。パーシーがいなくなると、次に母さんは双子にお行儀良く生活するようにと言った。その時の言い方がまずかったのか、トイレを吹き飛ばすというアイデアを双子に授けてしまったのは母さんの痛恨のミスだろう。
「トイレを吹っ飛ばすだって? 僕たちそんなことしたことがないよ」
「すげえアイデアだぜ。ママ、ありがとさん」
「バカなこと言わないで。ロンとネルの面倒を見てあげてね」
「心配御無用。はな垂れロニー坊やは僕たちに任せて!」
「うるさい」
「それに、我が家のネリー姫のこともね!」
「ジョージ、からかわないで」
ロンはフレッドを睨んだし、私はジョージのお尻を叩いた。それでも、シシシと白い歯を見せて笑う双子には通用しなかったのであるが。
私達家族では、男のきょうだいに比べて女のきょうだいが少ないという意味を込めて、私とジニーは姫と呼ばれる事がしばしばある。ジニーは確かに姫と呼ばれるに値するほど可愛らしいと思えるが、私には不相応なので、そう呼ばれるのが好きではない。
「ねえ、ママ。誰に会ったと思う?」
フレッドが列車の中で会ったという人について問題を出した。ちょうどその時、双子の背後にある列車の窓から、ちらりと半分だけ見えていた黒い頭が、サッと下に引っ込んだのが私には見えた。フレッドの言葉を補うように「駅でそばにいた黒い髪の子、覚えてる?」とジョージが言った。
双子が面白おかしそうに言うので、母さんは「だあれ?」と首を傾げ、思い出そうとしている。そんな中、隣りに立っていたジニーが、有名な男の子の名前を叫んだ。ジニーのその言葉に双子は大喜びで、顔をぴかぴかにさせて大きく頷いた。その男の子を見たいと言うジニーを窘めた母は、フレッドに確認をした。
「本人に聞いたんだ。傷跡を見たんだ。ほんとうにあったんだよ…稲妻のようなのが」
フレッドは重々しそうな口振りで額を指差しながら語る。そこで、私はどうして彼がひとりで駅に来ていたのかに思い至って、暗い気持ちになった。彼は、あの夜に両親を失ったのである。そしてまた、その身に受けた邪悪な呪いを背負って生きていかなければならない宿命を背負ったのだ。
「どうりで一人だったんだわ。どうしてかしらって思ったのよ」
母さんは、あの黒い髪の男の子と生き残った男の子がやっと結びついたようで、気の毒そうに言った。それから、男の子の行儀の良さについて話した。しかし、フレッドが途中で口を挟んで、話題を別のものへ展開させようとした。
「ねえ『例のあの人』がどんなだったか覚えてると思う?」
その時ふいに、左目がカッと熱くなった。続いてズキンズキンと、左目の奥を針が刺すような痛みに襲われる。私の異変に気付いたジニーが「お姉ちゃん、どうしたの?」と不安そうに顔を覗き込んできた。私はジニーを心配させないように「なんでもないよ」と笑うと、妹はホッとして再びフレッドの方へ向いた。
本当は、まだ痛みが続いていた。まるで発作のように痛む左目は、私に何を知らせようとしているのだろうか。私が今よりもまだずっとずっと幼い頃、長男のビルがまだホグワーツの学生であった時のクリスマスに、高熱を出して寝込んで以来、私はこの謎の左目の痛みに悩まされ続けている。
「そんなこと、聞いたりしてはだめよ。絶対にいけません!」
「大丈夫だって…そんなにムキにならないでよ」
母さんは急に厳しい顔をして兄に言った。その言葉は、ロンと私にも言われているようだった。フレッドが、さすがに言い過ぎたと思ったのか、下手に出るような声で言った時、一つ目の笛が鳴った。
「急がなくちゃ! あなたたち、ママの言い付けを守るのよ」
「わかってるよ、ママ」
「そんなに僕ら、信用ないかい?」
母さんがフレッドとジョージの頬にお別れのキスをした。次は、ロンと私の番だ。ロンは少しだけ嫌がるような素振りを見せたが、鼻を拭われた時のような強い拒絶反応はしなかった。照れくさそうに頬にお別れのキスを受け、パッと母さんから離れる。
「着いたらふくろう便をちょうだいね」
「もちろんよ。ママとパパに、それからジニーにも送るわ」
ロンは、少し離れたところから私と母さんを見守っていた。母さんは、私の髪の上から左目にキスをすると、他のきょうだいたちと同じように頬にお別れのキスをしてくれた。そっと母さんの胸の中に飛び込むと、ぎゅっと両手で私の体を抱きしめてくれた。
「いいネル?」
「なあに?ママ」
「少しでも痛めばすぐに医務室へ行って、パパとママにふくろう便で知らせるのよ」
息のかかるほどの距離で呟かれた言葉は、私の左目を心配する内容だった。真剣な母さんの瞳の中に、わたしの顔が映っている。私はその言葉にうなずくと、パッと離れて、フレッドとジョージにあやされているジニーのところへ向かった。二つ目の笛が鳴る。
「ほら、ネリーが来たぜ」
「お姉ちゃん!」
可愛い妹はその大きな鳶色の目から、大粒の涙を流して私達との分かれを惜しんでくれていた。私の胸に飛び込んできた妹を、私が母さんにしてもらったように受け止めると、ジニーはぎゅっと私の身体に抱き着いた。トントンと規則的に背中をたたいてやると、少し落ち着いたみたいだ。
「ジニー、私達がいない間、ママのことをお願いね」
「…うんっ!」
「ジニーにお手紙送ったら、お返事書いてくれる?」
「うんっ!」
少し体を離してジニーにお願いをした。涙で濡れた頬をハンカチで拭ってあげながら、私は会話を続けた。こくりこくりと頷いたジニーの頭を撫でると、今度は私からジニーへ、お別れのキスをした。
「いい子。 それじゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい!」
三つ目の笛の音に急かされた学生たちは、汽車に乗り込んだ。泣いている妹をここに置いて行かなくてはならないことについては、後ろ髪を引かれる思いであった。背後で汽車の扉が閉まる音がする。モクモクと白い煙を吐き出しながら、ホグワーツ特急は学校を目指して今、出発する。
「泣くなよ、ジニー!ふくろう便をドッサリ送ってあげるよ」
「ホグワーツのトイレの便座を送ってやるよ」
「ジョージったら!」
双子は、窓から身を乗り出してジニーを励ましていた。滑り出した汽車に負けじと、私もロンと一緒になって二人に手を振った。ジニーは半べその泣き笑いで、汽車を追い掛けて走ってきた。けれども、追い付けない速度になった時、ホームに立ち止まって手を振ってくれた。
「冗談だよ、ママ!」
ジョージの声が響いた。
20150824←|*|→
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「さあ、みんな。楽しく過ごしなさいね」
母さんは、パーシーの頬にさよならのキスをした。パーシーがいなくなると、次に母さんは双子にお行儀良く生活するようにと言った。その時の言い方がまずかったのか、トイレを吹き飛ばすというアイデアを双子に授けてしまったのは母さんの痛恨のミスだろう。
「トイレを吹っ飛ばすだって? 僕たちそんなことしたことがないよ」
「すげえアイデアだぜ。ママ、ありがとさん」
「バカなこと言わないで。ロンとネルの面倒を見てあげてね」
「心配御無用。はな垂れロニー坊やは僕たちに任せて!」
「うるさい」
「それに、我が家のネリー姫のこともね!」
「ジョージ、からかわないで」
ロンはフレッドを睨んだし、私はジョージのお尻を叩いた。それでも、シシシと白い歯を見せて笑う双子には通用しなかったのであるが。
私達家族では、男のきょうだいに比べて女のきょうだいが少ないという意味を込めて、私とジニーは姫と呼ばれる事がしばしばある。ジニーは確かに姫と呼ばれるに値するほど可愛らしいと思えるが、私には不相応なので、そう呼ばれるのが好きではない。
「ねえ、ママ。誰に会ったと思う?」
フレッドが列車の中で会ったという人について問題を出した。ちょうどその時、双子の背後にある列車の窓から、ちらりと半分だけ見えていた黒い頭が、サッと下に引っ込んだのが私には見えた。フレッドの言葉を補うように「駅でそばにいた黒い髪の子、覚えてる?」とジョージが言った。
双子が面白おかしそうに言うので、母さんは「だあれ?」と首を傾げ、思い出そうとしている。そんな中、隣りに立っていたジニーが、有名な男の子の名前を叫んだ。ジニーのその言葉に双子は大喜びで、顔をぴかぴかにさせて大きく頷いた。その男の子を見たいと言うジニーを窘めた母は、フレッドに確認をした。
「本人に聞いたんだ。傷跡を見たんだ。ほんとうにあったんだよ…稲妻のようなのが」
フレッドは重々しそうな口振りで額を指差しながら語る。そこで、私はどうして彼がひとりで駅に来ていたのかに思い至って、暗い気持ちになった。彼は、あの夜に両親を失ったのである。そしてまた、その身に受けた邪悪な呪いを背負って生きていかなければならない宿命を背負ったのだ。
「どうりで一人だったんだわ。どうしてかしらって思ったのよ」
母さんは、あの黒い髪の男の子と生き残った男の子がやっと結びついたようで、気の毒そうに言った。それから、男の子の行儀の良さについて話した。しかし、フレッドが途中で口を挟んで、話題を別のものへ展開させようとした。
「ねえ『例のあの人』がどんなだったか覚えてると思う?」
その時ふいに、左目がカッと熱くなった。続いてズキンズキンと、左目の奥を針が刺すような痛みに襲われる。私の異変に気付いたジニーが「お姉ちゃん、どうしたの?」と不安そうに顔を覗き込んできた。私はジニーを心配させないように「なんでもないよ」と笑うと、妹はホッとして再びフレッドの方へ向いた。
本当は、まだ痛みが続いていた。まるで発作のように痛む左目は、私に何を知らせようとしているのだろうか。私が今よりもまだずっとずっと幼い頃、長男のビルがまだホグワーツの学生であった時のクリスマスに、高熱を出して寝込んで以来、私はこの謎の左目の痛みに悩まされ続けている。
「そんなこと、聞いたりしてはだめよ。絶対にいけません!」
「大丈夫だって…そんなにムキにならないでよ」
母さんは急に厳しい顔をして兄に言った。その言葉は、ロンと私にも言われているようだった。フレッドが、さすがに言い過ぎたと思ったのか、下手に出るような声で言った時、一つ目の笛が鳴った。
「急がなくちゃ! あなたたち、ママの言い付けを守るのよ」
「わかってるよ、ママ」
「そんなに僕ら、信用ないかい?」
母さんがフレッドとジョージの頬にお別れのキスをした。次は、ロンと私の番だ。ロンは少しだけ嫌がるような素振りを見せたが、鼻を拭われた時のような強い拒絶反応はしなかった。照れくさそうに頬にお別れのキスを受け、パッと母さんから離れる。
「着いたらふくろう便をちょうだいね」
「もちろんよ。ママとパパに、それからジニーにも送るわ」
ロンは、少し離れたところから私と母さんを見守っていた。母さんは、私の髪の上から左目にキスをすると、他のきょうだいたちと同じように頬にお別れのキスをしてくれた。そっと母さんの胸の中に飛び込むと、ぎゅっと両手で私の体を抱きしめてくれた。
「いいネル?」
「なあに?ママ」
「少しでも痛めばすぐに医務室へ行って、パパとママにふくろう便で知らせるのよ」
息のかかるほどの距離で呟かれた言葉は、私の左目を心配する内容だった。真剣な母さんの瞳の中に、わたしの顔が映っている。私はその言葉にうなずくと、パッと離れて、フレッドとジョージにあやされているジニーのところへ向かった。二つ目の笛が鳴る。
「ほら、ネリーが来たぜ」
「お姉ちゃん!」
可愛い妹はその大きな鳶色の目から、大粒の涙を流して私達との分かれを惜しんでくれていた。私の胸に飛び込んできた妹を、私が母さんにしてもらったように受け止めると、ジニーはぎゅっと私の身体に抱き着いた。トントンと規則的に背中をたたいてやると、少し落ち着いたみたいだ。
「ジニー、私達がいない間、ママのことをお願いね」
「…うんっ!」
「ジニーにお手紙送ったら、お返事書いてくれる?」
「うんっ!」
少し体を離してジニーにお願いをした。涙で濡れた頬をハンカチで拭ってあげながら、私は会話を続けた。こくりこくりと頷いたジニーの頭を撫でると、今度は私からジニーへ、お別れのキスをした。
「いい子。 それじゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい!」
三つ目の笛の音に急かされた学生たちは、汽車に乗り込んだ。泣いている妹をここに置いて行かなくてはならないことについては、後ろ髪を引かれる思いであった。背後で汽車の扉が閉まる音がする。モクモクと白い煙を吐き出しながら、ホグワーツ特急は学校を目指して今、出発する。
「泣くなよ、ジニー!ふくろう便をドッサリ送ってあげるよ」
「ホグワーツのトイレの便座を送ってやるよ」
「ジョージったら!」
双子は、窓から身を乗り出してジニーを励ましていた。滑り出した汽車に負けじと、私もロンと一緒になって二人に手を振った。ジニーは半べその泣き笑いで、汽車を追い掛けて走ってきた。けれども、追い付けない速度になった時、ホームに立ち止まって手を振ってくれた。
「冗談だよ、ママ!」
ジョージの声が響いた。
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