ウィーズリー家の長女様
01
ふと意識が浮上して微睡みの中をたゆたうと、朝の光と分かっていたけれど、どうにもベッドから出る気になれない。階下からは、母さんが朝食を準備する音がかすかに聞こえてくる。なんとなく、鼻をくすぐるいいにおいがただよってきた気がする。
「…むにゃ、もうたべられないよ…」
隣りから聞こえてきた寝言。蝶々が翅を広げるように、ゆっくりと目を見開いた私は、すぐ側で、まだぐっすりと眠っている双子の兄を右目で捉えた。私と彼は、もう九つにもなるが、同じベッドで眠っていた。それには、致し方ない現実的な事情があるのだが、今はそれは置いておこう。
「…ふふ、おかわりだなんて、そんな…ふふ」
「ロニー、もう朝だよ」
腹這いになって、ずるずると未だ眠る双子の兄に近寄った。名前を呼んで肩を揺すっても、彼は起きる気配がない。次に鼻を摘んでやると、穏やかな寝顔が、徐々に苦しげな顔へと変わる。
「…ぐぐぅ」
「寝坊助さん、もう朝だよ」
私が鼻を摘んで息を出来なくしているので、彼はぱくっと口を開けた。その平和でまぬけな顔がどうしてもいとおしくなって、次はほっぺを両手で摘んだ。彼のほっぺは以外と柔らかいのだ。
「…ハッ!ってネル!」
「やっと起きた」
「やっと起きた!じゃないよ!痛いじゃないか!」
目覚めた彼は、その青空色の瞳いっぱいに、私の顔を映した。さっさと起き上がると、両手でさっきまで私に摘まれていたほっぺたをさする。赤毛は自由に跳ねて回っている。私達は双子の兄妹ではあるが、髪質はそれぞれ別々の親の遺伝子を受け継いだらしく、私はほぼストレートで寝癖知らずである。
「起こしてくれるなら、フツーに起こしてくれよ」
「呼んで揺すっても、起きてくれないロニーが悪いわ」
ベッドから立ち上がったロンは、栗色の部屋履きを探しながら言う。私は、ベッドの下に隠れていた栗色の部屋履きを足でロンの足元へ押し出しながら言った。ミルクティー色の私の部屋履きはどこかと思えば、ロンがベッドの下からポンと蹴り出してくれた。これで、仲直りは終了だ。
「今日の朝飯はなんだろーなー」
「ふふ。ロンは、夢の中でもご飯を食べてたのにね」
私とロンの部屋は、家の最上階にある。前は、父さんが集めたマグルの道具でいっぱいだった。けれど、自分達の部屋が欲しいとねだり、最上階の一番眺めの良い部屋を獲得したのであった。
「…え!僕、また寝言でなにか言ってたか?」
「『もうたべれないよぉ』って言ってた!」
「…なんか、腹立つ言い方だなぁ」
以前から、父さんのマグル製品の収集癖をなんとかならないものかと考えていた母さんに言われて、父さんは泣く泣く自分のコレクションを廃棄したらしい。また、コレクションの何点かは、家の敷地内にある父さんの小屋へと移動になったとか。
「そうかしら?ふふ。じゃ、私ジニーを起こしてくるから」
「うん。それじゃ、僕は兄貴達を起こしてこようかな…」
「嫌そうな顔しないの」
私とロンは、家族を起こす係りである。私がジニーと父さん、ビル、パーシーを。ロンが、チャーリーと、フレッド、ジョージを担当していた。しかし、長男のビルはグリンゴッツの魔法銀行に就職が決まったので、その研修のために三日前に家を出た。しばらく会えなくなるのは寂しいが、頑張ってほしい。でも寂しい。よって、私が起こすのはジニーと父さん、パーシーなのだ。
「ネルはいいよな!女の子だから、兄貴達の悪戯の餌食にはならないんだからさ!」
ロンがその身の悲劇を、僻んで言った。ところで、ウィーズリー家には、私とロンのように、双子のペアがもうひとつある。それが、四男五男のフレッドとジョージである。ロンの言う兄貴達の悪戯というのは、彼ら双子の悪ふざけのことだった。
「でも、ロンは男の子だから、フレッドとジョージの探検に連れて行ってもらえたじゃない」
性別のことは、今更言ったってどうすることもできないのだから、仕方がないではないか。そのように思うも、私はここぞとばかりに日頃の不満を漏らしてみた。
フレッドとジョージは、家の周りの林や森を探索するのが、彼らがもっと子どもの頃の楽しみであった。その冒険のような散歩に、私も行きたかったのだが、母さんがそれを許さなかったのである。
私の主張に、何も言えなくなったロンは唇をツンとさせると、溜息をついてぐねぐねと折れ曲がった階段を下って行った。目だけでそれを見送ると、私もジニーと父さんを起こしに向かった。すると、ロンの悲鳴と、双子の大笑いが聞こえてきた。
ロンは、起こす順番を、部屋の近い順から、頼りになる人の順番に変えた方がいいと思った私であった。
20150809|*|→
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ふと意識が浮上して微睡みの中をたゆたうと、朝の光と分かっていたけれど、どうにもベッドから出る気になれない。階下からは、母さんが朝食を準備する音がかすかに聞こえてくる。なんとなく、鼻をくすぐるいいにおいがただよってきた気がする。
「…むにゃ、もうたべられないよ…」
隣りから聞こえてきた寝言。蝶々が翅を広げるように、ゆっくりと目を見開いた私は、すぐ側で、まだぐっすりと眠っている双子の兄を右目で捉えた。私と彼は、もう九つにもなるが、同じベッドで眠っていた。それには、致し方ない現実的な事情があるのだが、今はそれは置いておこう。
「…ふふ、おかわりだなんて、そんな…ふふ」
「ロニー、もう朝だよ」
腹這いになって、ずるずると未だ眠る双子の兄に近寄った。名前を呼んで肩を揺すっても、彼は起きる気配がない。次に鼻を摘んでやると、穏やかな寝顔が、徐々に苦しげな顔へと変わる。
「…ぐぐぅ」
「寝坊助さん、もう朝だよ」
私が鼻を摘んで息を出来なくしているので、彼はぱくっと口を開けた。その平和でまぬけな顔がどうしてもいとおしくなって、次はほっぺを両手で摘んだ。彼のほっぺは以外と柔らかいのだ。
「…ハッ!ってネル!」
「やっと起きた」
「やっと起きた!じゃないよ!痛いじゃないか!」
目覚めた彼は、その青空色の瞳いっぱいに、私の顔を映した。さっさと起き上がると、両手でさっきまで私に摘まれていたほっぺたをさする。赤毛は自由に跳ねて回っている。私達は双子の兄妹ではあるが、髪質はそれぞれ別々の親の遺伝子を受け継いだらしく、私はほぼストレートで寝癖知らずである。
「起こしてくれるなら、フツーに起こしてくれよ」
「呼んで揺すっても、起きてくれないロニーが悪いわ」
ベッドから立ち上がったロンは、栗色の部屋履きを探しながら言う。私は、ベッドの下に隠れていた栗色の部屋履きを足でロンの足元へ押し出しながら言った。ミルクティー色の私の部屋履きはどこかと思えば、ロンがベッドの下からポンと蹴り出してくれた。これで、仲直りは終了だ。
「今日の朝飯はなんだろーなー」
「ふふ。ロンは、夢の中でもご飯を食べてたのにね」
私とロンの部屋は、家の最上階にある。前は、父さんが集めたマグルの道具でいっぱいだった。けれど、自分達の部屋が欲しいとねだり、最上階の一番眺めの良い部屋を獲得したのであった。
「…え!僕、また寝言でなにか言ってたか?」
「『もうたべれないよぉ』って言ってた!」
「…なんか、腹立つ言い方だなぁ」
以前から、父さんのマグル製品の収集癖をなんとかならないものかと考えていた母さんに言われて、父さんは泣く泣く自分のコレクションを廃棄したらしい。また、コレクションの何点かは、家の敷地内にある父さんの小屋へと移動になったとか。
「そうかしら?ふふ。じゃ、私ジニーを起こしてくるから」
「うん。それじゃ、僕は兄貴達を起こしてこようかな…」
「嫌そうな顔しないの」
私とロンは、家族を起こす係りである。私がジニーと父さん、ビル、パーシーを。ロンが、チャーリーと、フレッド、ジョージを担当していた。しかし、長男のビルはグリンゴッツの魔法銀行に就職が決まったので、その研修のために三日前に家を出た。しばらく会えなくなるのは寂しいが、頑張ってほしい。でも寂しい。よって、私が起こすのはジニーと父さん、パーシーなのだ。
「ネルはいいよな!女の子だから、兄貴達の悪戯の餌食にはならないんだからさ!」
ロンがその身の悲劇を、僻んで言った。ところで、ウィーズリー家には、私とロンのように、双子のペアがもうひとつある。それが、四男五男のフレッドとジョージである。ロンの言う兄貴達の悪戯というのは、彼ら双子の悪ふざけのことだった。
「でも、ロンは男の子だから、フレッドとジョージの探検に連れて行ってもらえたじゃない」
性別のことは、今更言ったってどうすることもできないのだから、仕方がないではないか。そのように思うも、私はここぞとばかりに日頃の不満を漏らしてみた。
フレッドとジョージは、家の周りの林や森を探索するのが、彼らがもっと子どもの頃の楽しみであった。その冒険のような散歩に、私も行きたかったのだが、母さんがそれを許さなかったのである。
私の主張に、何も言えなくなったロンは唇をツンとさせると、溜息をついてぐねぐねと折れ曲がった階段を下って行った。目だけでそれを見送ると、私もジニーと父さんを起こしに向かった。すると、ロンの悲鳴と、双子の大笑いが聞こえてきた。
ロンは、起こす順番を、部屋の近い順から、頼りになる人の順番に変えた方がいいと思った私であった。
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