ウィーズリー家の長女様
05
車窓には荒涼とした風景が広がってきた。整然とした畑はもうなかった。曲がりくねった川や、鬱蒼とした暗緑色の丘がすいすいと過ぎていく。そんな頃、私達のコンパートメントをノックして、丸顔の男の子が泣きべそをかいて入ってきた。
「こんにちは、どうかしたの?」
「ごめんね。僕のヒキガエルを見なかった?」
キョトンと丸顔の男の子を見ていた二人とは違い、声をかけてみた。すると、その男の子はペットのヒキガエルを探していると話した。私達はお菓子に夢中になっていたので、生憎、ヒキガエルの姿は見ていない。ロンとハリーが首を横に振ると、男の子はメソメソと泣き出してしまった。
「僕から逃げてばっかりいるんだ!」
「泣かないで、えっと、あなたの名前は?」
座席から立ち上がり、私は自分の名前の刺繍の施されたお気に入りのハンカチを手渡して背中をさすった。
「ぐずっ…ね、ネビル・ロングボトム…」
鼻をすすりながら答えた男の子は、涙が流れ出す目を押さえた指の隙間から、ちらりと私を見た。ハンカチが涙で濡れて、自分の鼻水で汚してしまうのが申し訳ないといった感情がその目から読み取れる。
「きっと出てくるよ」
ハリーが気遣わしげに言った。私はその言葉に頷いて、ネビルが控えめに持っていたハンカチを手から取って、彼の濡れた頬に優しく押し当てた。私が再度、いなくなってしまったヒキガエルの名前を質問すると、彼は「トレバーだよ」と鼻をひくつかせて言った。
「トレバーね?」
「うん。もし見かけたら…」
「ええ、捕まえてあなたに知らせるわ」
私が頬笑むと、ネビルはまた涙腺を緩ませた。そうして彼はしょげ返ってコンパートメントを出ようとした。
「あっ、このハンカチ…」
「いいわ。トレバーが見つかるまで、ネビルが持ってて」
ネビルの肩をポンポンとたたいて背中を押すと、とても小さな声で「ありがとう」と言った。頼りない微笑をひとつ、私に向けた彼はのそのそと出て行った。私がロンの隣りに座り直すと、彼はうんざりするような口調で言った。
「どうしてそんなこと気にするのかなぁ。僕がヒキガエルなんか持ってたら、なるべく早くなくしちゃいたいけどな。もっとも、僕だってスキャバーズを持ってきたんだから、人のことは言えないけどね」
「ロンったら、またそんなことを言って! ネビルにとってヒキガエルのトレバーは、それだけ大切ってことよ」
私がそう言うと、ロンはどうでもいいような顔をして「そんなに大切だったら、目を離しておかないと思うけどね」と言った。それに関して私は反論できず黙ってロンを見つめた。ハリーは、苦笑いをしていた。
「そういえば昨日、少しは面白くしてやろうと思って、黄色に変えようとしたんだ。でも、呪文が効かなかった。やって見せようか? 見てて」
ロンは荷物をガサゴソ引っ掻き回して、チャーリーからのお下がりであるくたびれた杖を取り出した。白色のキラキラした一角獣のたてがみが、杖のあちこちからはみ出している年代物だ。ハリーは興味津々と言った様子でスキャバーズを覗き込んだ。
「誰かヒキガエルを見なかった? ネビルのがいなくなったの」
ロンが杖を振り上げた途端、またコンパートメントの戸が開けられた。そこに立っていたのは、ホグワーツの真新しい制服に身を包んだ、なんとなく威張った話し方をする女の子だった。フサフサとした栗色の髪の毛に、目がくりっとしていて、前歯がちょっと大きかった。
「見なかったって、さっきそう言ったよ」
ロンがそう答えるも、女の子は聞いちゃいなかった。私は、これから一悶着ありそうだと思いながら溜息を吐きたい気分になった。
「あら、魔法をかけるの? それじゃ、見せてもらうわ」
女の子はそう言うなり、ハリーの隣りのスペースに広げられていたお菓子やそのごみを手で退かして座り込んだ。隣りのロンがたじろぐのが分かる。
「あー…いいよ。『お陽さま、雛菊、溶ろけたバター。デブで間抜けなねずみを黄色に変えよ』!」
杖の先から白い光が飛んでスキャバーズに当たった。スキャバーズは「キュー」と驚いて鳴いたが、他に何も起こらない。ロンはハリーを見て肩を落とし、おどけて見せた。
「その呪文、間違ってないの?」
「私が代わりにやって見せるわ。『お陽さま、蒲公英、向日葵のタネ。ロンのスキャバーズを黄色に変えよ』」
私が鞄から取り出した杖を振るうと、杖先から黄色い光が飛び出してスキャバーズに当たった。すると、黄色い斑点がスキャバーズの体に浮き出てきた。
「今度は成功ね!」
女の子は手を叩いて魔法の成功を喜んでくれたし、ハリーは「ネルすごい!」と褒めてくれたので嬉しかった。ただ一人、ロンは拗ねるような視線を寄越してきたが。
「私も練習のつもりで簡単な呪文を試してみたことがあるけど、みんな上手くいったわ。私の家族に魔法族は誰もいないの。だから、手紙をもらった時、とても驚いたわ。でも、もちろん嬉しかった。だって、最高の魔法学校だって聞いてるもの…」
女の子のマシンガントークに、私は目を白黒させた。それに、彼女はとても早口だ。
「教科書はもちろん全部暗記したわ。それだけで足りるといいんだけど…私、ハーマイオニー・グレンジャー。あなた達は?」
ロンとハリーは、教科書を暗記したと語る女の子を見て唖然としていた。自己紹介を求められて、ロン、私、ハリーの順で名乗ると、ハーマイオニーはマグル生まれには珍しく、ハリーの名前に食いついた。
「私、もちろんあなたのこと全部知ってるわ。本に書いてあったもの」
私はその言葉を聞いて少しだけ不愉快な気分になった。彼女が勉強熱心なのはよく分かったが、まだ知り合って間もないハリーのことを全て知り尽くしていると自信満々に語るハーマイオニーが気に障ったのだ。
「私があなただったら、できるだけ全部調べるけど。自分のことも知らないでホグワーツに入学するなんて、」
「ねぇ、あなた。ハリーが今までどんな気持ちで生きてきたかも知っているの?」
「え?」
まるで、色違いのダルメシアンのようなスキャバーズは、ロンの膝の上で呑気にぐうぐう眠っている。
「あなたが読んできた本には、きっとハリーが生き残った男の子として書いてあったと思うわ。でも、あなたの知っている通り、ハリーはマグルの中で育ってきた。あなたと同じようにね」
ロンもハーマイオニーの方を咎めるような視線で見ていた。私の言いたいこととロンの気持ちはぴったり同じだった。
「魔法界では英雄視されていても、マグルの世界ではどうかしら?…それに、本に書いてあったことがハリーの全てであるように決め付けた言い方が、彼に対して失礼なことだとあなたは少しも思わなかった?」
少しきつい言い方になってしまったかもしれない。けれども、ハリー・ポッターという名前でしか彼を見ることができない人間とは仲良くしたくないと私は思ってしまったから他に仕方がない。
「私…。 ごめんなさい。そこまで深く考えて発言をしなかったわ。ハリー、本当にごめんなさい」
「いや、別に僕は…」
ハーマイオニーは私の言葉でハッとしてすぐに謝った。ハリーは頬をかきながら彼女に言った。
「…私、もう行くわ。ネビルのヒキガエルを探さなきゃ。三人とも着替えた方がいいわ。もうすぐ着くはずだから」
居たたまれないように勢いをなくした口調で、ハーマイオニーは私達に言うとコンパートメントを出て行った。私は、さきほど出て行ったばかりのハーマイオニーの態度について文句を言うロンを横目に、サッと荷物をまとめると、二人に着替えるように言ってそこを出た。
通路に出てから、溜息を吐く。それから私は、制服に着替えるためにトイレを目指すのだった。
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車窓には荒涼とした風景が広がってきた。整然とした畑はもうなかった。曲がりくねった川や、鬱蒼とした暗緑色の丘がすいすいと過ぎていく。そんな頃、私達のコンパートメントをノックして、丸顔の男の子が泣きべそをかいて入ってきた。
「こんにちは、どうかしたの?」
「ごめんね。僕のヒキガエルを見なかった?」
キョトンと丸顔の男の子を見ていた二人とは違い、声をかけてみた。すると、その男の子はペットのヒキガエルを探していると話した。私達はお菓子に夢中になっていたので、生憎、ヒキガエルの姿は見ていない。ロンとハリーが首を横に振ると、男の子はメソメソと泣き出してしまった。
「僕から逃げてばっかりいるんだ!」
「泣かないで、えっと、あなたの名前は?」
座席から立ち上がり、私は自分の名前の刺繍の施されたお気に入りのハンカチを手渡して背中をさすった。
「ぐずっ…ね、ネビル・ロングボトム…」
鼻をすすりながら答えた男の子は、涙が流れ出す目を押さえた指の隙間から、ちらりと私を見た。ハンカチが涙で濡れて、自分の鼻水で汚してしまうのが申し訳ないといった感情がその目から読み取れる。
「きっと出てくるよ」
ハリーが気遣わしげに言った。私はその言葉に頷いて、ネビルが控えめに持っていたハンカチを手から取って、彼の濡れた頬に優しく押し当てた。私が再度、いなくなってしまったヒキガエルの名前を質問すると、彼は「トレバーだよ」と鼻をひくつかせて言った。
「トレバーね?」
「うん。もし見かけたら…」
「ええ、捕まえてあなたに知らせるわ」
私が頬笑むと、ネビルはまた涙腺を緩ませた。そうして彼はしょげ返ってコンパートメントを出ようとした。
「あっ、このハンカチ…」
「いいわ。トレバーが見つかるまで、ネビルが持ってて」
ネビルの肩をポンポンとたたいて背中を押すと、とても小さな声で「ありがとう」と言った。頼りない微笑をひとつ、私に向けた彼はのそのそと出て行った。私がロンの隣りに座り直すと、彼はうんざりするような口調で言った。
「どうしてそんなこと気にするのかなぁ。僕がヒキガエルなんか持ってたら、なるべく早くなくしちゃいたいけどな。もっとも、僕だってスキャバーズを持ってきたんだから、人のことは言えないけどね」
「ロンったら、またそんなことを言って! ネビルにとってヒキガエルのトレバーは、それだけ大切ってことよ」
私がそう言うと、ロンはどうでもいいような顔をして「そんなに大切だったら、目を離しておかないと思うけどね」と言った。それに関して私は反論できず黙ってロンを見つめた。ハリーは、苦笑いをしていた。
「そういえば昨日、少しは面白くしてやろうと思って、黄色に変えようとしたんだ。でも、呪文が効かなかった。やって見せようか? 見てて」
ロンは荷物をガサゴソ引っ掻き回して、チャーリーからのお下がりであるくたびれた杖を取り出した。白色のキラキラした一角獣のたてがみが、杖のあちこちからはみ出している年代物だ。ハリーは興味津々と言った様子でスキャバーズを覗き込んだ。
「誰かヒキガエルを見なかった? ネビルのがいなくなったの」
ロンが杖を振り上げた途端、またコンパートメントの戸が開けられた。そこに立っていたのは、ホグワーツの真新しい制服に身を包んだ、なんとなく威張った話し方をする女の子だった。フサフサとした栗色の髪の毛に、目がくりっとしていて、前歯がちょっと大きかった。
「見なかったって、さっきそう言ったよ」
ロンがそう答えるも、女の子は聞いちゃいなかった。私は、これから一悶着ありそうだと思いながら溜息を吐きたい気分になった。
「あら、魔法をかけるの? それじゃ、見せてもらうわ」
女の子はそう言うなり、ハリーの隣りのスペースに広げられていたお菓子やそのごみを手で退かして座り込んだ。隣りのロンがたじろぐのが分かる。
「あー…いいよ。『お陽さま、雛菊、溶ろけたバター。デブで間抜けなねずみを黄色に変えよ』!」
杖の先から白い光が飛んでスキャバーズに当たった。スキャバーズは「キュー」と驚いて鳴いたが、他に何も起こらない。ロンはハリーを見て肩を落とし、おどけて見せた。
「その呪文、間違ってないの?」
「私が代わりにやって見せるわ。『お陽さま、蒲公英、向日葵のタネ。ロンのスキャバーズを黄色に変えよ』」
私が鞄から取り出した杖を振るうと、杖先から黄色い光が飛び出してスキャバーズに当たった。すると、黄色い斑点がスキャバーズの体に浮き出てきた。
「今度は成功ね!」
女の子は手を叩いて魔法の成功を喜んでくれたし、ハリーは「ネルすごい!」と褒めてくれたので嬉しかった。ただ一人、ロンは拗ねるような視線を寄越してきたが。
「私も練習のつもりで簡単な呪文を試してみたことがあるけど、みんな上手くいったわ。私の家族に魔法族は誰もいないの。だから、手紙をもらった時、とても驚いたわ。でも、もちろん嬉しかった。だって、最高の魔法学校だって聞いてるもの…」
女の子のマシンガントークに、私は目を白黒させた。それに、彼女はとても早口だ。
「教科書はもちろん全部暗記したわ。それだけで足りるといいんだけど…私、ハーマイオニー・グレンジャー。あなた達は?」
ロンとハリーは、教科書を暗記したと語る女の子を見て唖然としていた。自己紹介を求められて、ロン、私、ハリーの順で名乗ると、ハーマイオニーはマグル生まれには珍しく、ハリーの名前に食いついた。
「私、もちろんあなたのこと全部知ってるわ。本に書いてあったもの」
私はその言葉を聞いて少しだけ不愉快な気分になった。彼女が勉強熱心なのはよく分かったが、まだ知り合って間もないハリーのことを全て知り尽くしていると自信満々に語るハーマイオニーが気に障ったのだ。
「私があなただったら、できるだけ全部調べるけど。自分のことも知らないでホグワーツに入学するなんて、」
「ねぇ、あなた。ハリーが今までどんな気持ちで生きてきたかも知っているの?」
「え?」
まるで、色違いのダルメシアンのようなスキャバーズは、ロンの膝の上で呑気にぐうぐう眠っている。
「あなたが読んできた本には、きっとハリーが生き残った男の子として書いてあったと思うわ。でも、あなたの知っている通り、ハリーはマグルの中で育ってきた。あなたと同じようにね」
ロンもハーマイオニーの方を咎めるような視線で見ていた。私の言いたいこととロンの気持ちはぴったり同じだった。
「魔法界では英雄視されていても、マグルの世界ではどうかしら?…それに、本に書いてあったことがハリーの全てであるように決め付けた言い方が、彼に対して失礼なことだとあなたは少しも思わなかった?」
少しきつい言い方になってしまったかもしれない。けれども、ハリー・ポッターという名前でしか彼を見ることができない人間とは仲良くしたくないと私は思ってしまったから他に仕方がない。
「私…。 ごめんなさい。そこまで深く考えて発言をしなかったわ。ハリー、本当にごめんなさい」
「いや、別に僕は…」
ハーマイオニーは私の言葉でハッとしてすぐに謝った。ハリーは頬をかきながら彼女に言った。
「…私、もう行くわ。ネビルのヒキガエルを探さなきゃ。三人とも着替えた方がいいわ。もうすぐ着くはずだから」
居たたまれないように勢いをなくした口調で、ハーマイオニーは私達に言うとコンパートメントを出て行った。私は、さきほど出て行ったばかりのハーマイオニーの態度について文句を言うロンを横目に、サッと荷物をまとめると、二人に着替えるように言ってそこを出た。
通路に出てから、溜息を吐く。それから私は、制服に着替えるためにトイレを目指すのだった。
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