万物流転 | ナノ
65.まぶしさ2
セドリックとレイリが小部屋に入ると、そこには選手と助手のそれぞれの家族が集まっていた。セドリックの両親は、ドアのすぐ右側で待機しており、父親のエイモスは息子の姿を見つけると「ああ、会いたかったよ我が息子よ!」とセドリックを抱きしめた。レイリはそっと彼らから離れて部屋の様子をうかがった。

ビクトール・クラムは、部屋の隅の方で黒い髪の父親そして母親と、ブルガリア語で早口に話している。その隣りには、ポリアコフと彼の母親らしい人と弟がいて、こちらの家族も同じくブルガリア語で談笑しているのがレイリに見えた。

「おぉハリー!また大きくなったか?」

胸に勢い良く飛び込んできたハリーを受け止め、力強く抱きしめるシリウスは、とても嬉しそうな顔をしている。同様に、ハリーも破顔して「なんで僕、一番にあなたのことを思い付かなかったんだろう!」と言った。

「来てくれてとっても嬉しいよ、シリウス!」
「本当はここに、リーマスも居るはずだったんだがな…」

ちらりと扉の脇に佇むレイリの方に視線を走らせたシリウスは、またハリーに向き直って「ここに来るのをためらったらしい。元職場である前に、ここは我々の学び舎でもあると言ったんだがな」と笑った。

レイリは次に、クラム達とは反対側に視線を走らせた。そこには、フラーとガブリエルが母親とフランス語でペチャクチャ喋っていた。ガブリエルの方は、母親と手を繋いでいたが、ロンに気付くとポッと頬を赤く染めたのを見た。どうやら第二の課題から、妹君の好意はロンに傾けられているらしかった。

「びっくりでしょ!」

暖炉の前で、ニッコリ笑っているのはウィーズリーおばさんと、長男のビルだった。ビルは、遅れて入ってきたロンの頭を撫でながら、ハリーに「元気かい?」と声をかけた。シリウスから離れたハリーは、ビルと握手を交わした。

「チャーリーも来たかったんだけど、休みが取れなくてね。ホーンテールとの対戦の時の君はすごかったって言ってたよ。もちろん、レイリのことも」

レイリは、まさかビルの話が自分に振られるとは予想していなかったので反応が遅れた。ビルはぱちくりと瞬きを繰り返すレイリに笑いかけて「あいつがあんなに人を褒めるのは珍しいって言うくらい、君のこと褒めてたよ」と言った。

ハリーは、フラーが相当関心がありそうな目で、ビルのことを母親の肩越しに見ているのに気が付いた。どうやら、フラーにとっては、ビルの長髪も牙のイヤリングも全く問題ではないらしい。

「僕、一瞬、考えちゃった!ここに居るのがダーズリー一家かと」
「ンンン」

おばさんは口をキュッと結んだ。彼女はいつも、ハリーの前でダーズリー一家を批判するのは控えていたが、その名前を聞くたびに目がピカッと光るのだった。

「ハリーの家族は、私ひとりで十分だ。だろう?」シリウスは自信あり気に、ハリーの肩に腕を回して白い歯を見せて笑った。ハリーも「最高だね!」と同じような顔をしてそれに応えた。

レイリはぐるりと部屋を見渡して、やっぱりかと心中、独りごちた。そこにアラスターの姿はなかった。その横顔を、チラチラとセドリックが気に掛けていたが、彼が何か行動する前に「学校はなつかしいよ」とビルが言って自然な風にレイリの横の壁へ並んだ。

「もう五年も来てないな。あのいかれた騎士の絵、まだあるかい?」
「ガドガン卿の絵なら、まだありますよ。去年、シリウスがレディを傷付けた時に、グリフィンドールの門番の代行に宛てがったんですけど…」

ちらりとシリウスに目を向ければ「その話はどうか忘れてもらえないだろうか?…あの時は必死だったんだよ」と、苦笑を浮かべた彼がレイリに向かって呟いた。ハリーとロンは、思い出して少し笑った。

「太った婦人かい?」

そう言ってビルが小部屋の中を見回した時、件の婦人の友達であるバイオレットが、絵の中からビルにウィンクをした。「あのレディなら、母さんの時代からいるわ」とおばさんが語り始める。

「ある晩、朝の四時に寮に戻ったら、こっぴどく叱られたわ!」
「朝の四時まで、母さん、寮の外で何してたの?」

ビルが驚いて母親を探るような目で見た。ロンもその話は初めて聞いた様だった。おばさんは、目をキラキラさせて含み笑いをした。

「あなたのお父さんと二人で夜の散歩をしてたのよ。そしたら、お父さん、アポリオン・プリングルに捕まってね――あの頃の管理人よ…お父さんは今でもお仕置きの痕が残ってるわ」

その時のモリーの表情は、悪戯が成功した時の双子の顔にとても良く似ているのをレイリは目撃した。やっぱり、親子なのだなと感じた。表情も、そして行いも。

「よう、よう。いたな? セドが同点に追いついたので、そうそういい気にもなっていられないだろう?」

ハリーたちに近付いてきたのはエイモス・ディゴリーだった。ハリーが「なんのこと?」と尋ねると、セドリックは「気にするな」と父親を押さえるような口調で言った。そして、ハリーたちの奥にいるレイリをちらりと見ると、父親を背に顔をしかめながらハリーに囁いた。

「リータ・スキーターの三大魔法学校対抗試合の記事以来、ずっと腹を立てているんだ。ほら、君がホグワーツでただ一人の代表選手みたいな書き方をしたから」
「訂正しようともしなかっただろうが?え?」

エイモスの言動には、シリウスも苛立っていたが、彼はリーマスにきつく言い付けられてきたのだろう。氏が「セド、目にもの見せてやれ。一度あの子を負かしただろうが?」とハリーに聞こえるような大声で言っても、噛み付くような真似はしなかった。

しかし、ウィーズリーおばさんは違ったようで「エイモス!リータ・スキーターは、ゴタゴタを引き起こすためには何でもやるのよ。そのぐらいのこと、あなた、魔法省に勤めてたらお分かりのはずでしょう!」と腹立たし気に言った。

エイモスは怒って何か言いたそうな顔をしたが、妻のレノアがその腕を押さえるように手を置くと、ちょっと肩を竦めただけで顔を背けた。すまなそうにハリーとシリウスへ目をうろつかせるセドリックをレイリは見ていた。彼女は、彼が言っていたのはこのことだということが分かった。

「久し振りに学校の様子を見てまわりたいな。案内してくれるかい、ハリー?」

ビルがそう言えば、空気を読んだハリーは「ああ、いいよ」と誘導した。その時、レイリもビルに誘われたが、今度はセドリックが「僕の両親が君に挨拶したがってるんだ」と言って制した。

レイリは、肩に置かれているビルの手に力が込められるのを感じたが、彼が、じっとセドリックを見て微笑を浮かべているので、取り立てて気にすることもなく、彼の手の力が強まった理由を問おうとしなかった。しかし、その光景をちょうど目撃していたロンは、ひとりでハラハラしていた。

「ああ、そうか。君が…セドリック・ディゴリー?」
「はい、そうです。はじめまして」

なぜなら、その時のビルは微笑を浮かべていたようにレイリには見えたかもしれないが、長兄の微笑みの種類を知っているロンからすれば、彼の今浮かべている笑みは、あの双子がセドリックへ向ける敵愾心のそれと何ら変わりない理由からくるものだと感じたからだ。

「ホグワーツの代表として、君のことも応援しているよ」

そう言って、セドリックと握手をする長兄を見たロンは、一先ず胸を撫で下ろしたが、次に彼がした行動には目を見開かざるを得なかった。「レイリ、頑張ってね」と言いながら彼女の身体を反転させて、正面から抱きしめたのである。ビルのその急な行動には、レイリもされるがままで、困惑した声色で問うことしかできなかった。

「ちょっと、ビル…!?」
「応援の意味を込めたハグだよ?照れているの?かわいいなぁ…」

くすくすと笑いながらレイリを解放したビルは、傍に突っ立っていたロンの背中を叩き、ハリーを連れて扉の方へ歩いて行ってしまう。その一連の様子を静観していたシリウスは、にやにやと笑って「私がもう少し若ければね」と言いつつ「君の幸運を祈っている」とレイリの肩を叩いて歩き出した。

一行が大広間に出るドアから行ってしまうと、そっぽを向いていたエイモスが、くるりとこちらを振り向いた。「レイリちゃん、会いたかったわ。お手紙もありがとうね」セドリックに良く似た優しげな目を細めた夫人が、レイリにハグをすると、まるで娘を慈しむかようなエイモスの視線がレイリに注がれる。

「これまでの課題、君の力無しではやり抜くことができなかった」
「そんなことないわ。私はただ、あなたを少しだけサポートしたにすぎない。だって助手だもの」

レノアの腕から解放されると、セドリックがレイリの手を取って自分に向き直らせた。じっと彼女の黒曜の瞳を覗きながらそう伝えれば、レイリはこれまでの自身の取り組みを何でもないことのように告げ、彼の灰色の瞳に笑いかけた。

「さあ、今夜は最終決戦だ!二人で協力し、思う存分力を発揮して、勝利を掴み取るんだ」

セドリックとレイリの肩に腕を回したエイモスは、拳を振り上げて大きな声で言った。セドリックは、前のめりになりながら「ちょっと父さん!」と言っていたが、レノアとレイリは笑っていた。

20160808
20160812加筆

*ポリアコフに弟がいること、セドリックの母親の名前がレノアであることは、この物語のオリジナルの設定です。悪しからず。
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