万物流転 | ナノ
64.まぶしさ
日々は矢のように過ぎて行き、その間にもダンブルドアの元に魔法省大臣が訪れたり、ハリーが校長室の水盆でダンブルドアの憂いを覗いたりなどあったが、それは全てレイリの預かりの知らぬところで起こった出来事であった。

彼女はついぞ、失った記憶を取り戻すことはなく、期末試験の勉強に追われるフレッドとジョージの尻を叩きながら、アンジーとアリシア、リーに頭を貸した。そしてセドリックと様々な呪文の練習をして、第三の課題が行われる日に備えていた。

六月に入ると、ホグワーツ城にまたしても興奮と緊張が漲ってきた。どうやら全校中の誰もが、学期が終わる一週間前に行われる第三の課題を心待ちにしているようだ。

学校中の至る所でハリーたちに出くわすのに、うんざりしたマクゴナガル教授は、昼休みの時間にのみ使ってよろしいと、変身術の教室の使用許可を出した。もちろん女史は、セドリックとレイリが、スプラウト教授から温室の一部を借りて練習をしていることを知っていた。それでも彼女がすんなり彼ら三人に、自分の教室の使用許可を出さなかったのは、彼らの日頃の行いのせいであろう。

***

第三の課題が行われる日の朝、グリフィンドールのテーブルは大賑わいだった。伝書梟が飛んできて、ハリーにシリウスからの「頑張れ!」カードを渡した。そして、レイリにはリーマスからのカードが届いた。

「えっ!R.J.Lupinって、ルーピン先生!?」
「ええ、そうよ?」

送られてきたカードをヒラリと彼らの目の前に出せば、リーも興味を持ったらしく「なんで一生徒のレイリに、ルーピンからカードが届くんだ?」と素直に呟いた。そこにアリシアが、唇をわなわなと震えさせて言った。

「まさか、あなた……ルーピン先生と…!?」
「ボガートの一件があったからな…」
「ちょっと、二人とも変な誤解しないでよ? 先生とは、そういうんじゃ…」

その時、レイリの指先からカードが奪われ、向かいのテーブルに座っていたアリシアとリーがまじまじとそれを観察し始めた。事実説明をするタイミングをなくしたレイリは、隣りのアンジーに助けを求めた。

しかし、彼女は黙々とオートミールを黙々と食すだけであり、助けは見込めそうになく溜息を吐くしかなかった。朝は割りとドライなアンジーである。

そこへ寝癖頭の双子がひょこひょことやってくると、リーがにこやかに双子に挨拶をする傍らで、アリシアの手によって素早くカードがレイリの手元に返却された。その鮮やかな手捌きと二人の連携にはレイリも苦笑を禁じ得なかった。

「おーい、ポッター!ポッター! 頭は大丈夫か?気分はどうだ?悪くないか?…まさかお前のところのあのドラゴンのように暴れ出して、僕たちを襲ったりしないだろうね?」

大広間の向こう側から、ドラコ・マルフォイの雑音が聞こえてきたのはちょうどその頃だった。『あのドラゴン』と彼が揶揄したのがレイリのことであるのは、周知の事実だった。マルフォイは『日刊予言者新聞』を手にして、周囲の生徒とゲラゲラ笑っていた。

腰を浮かせたレイリがツイとスリザリンのテーブルに視線を走らせると、頭を指で叩いたり、気味の悪いバカ面をして見せたりしていた生徒達が、スーッと声を落として姿勢を整え始めた。いい気味である。

「僕にちょっと愛想が尽きたみたいだね」

少し離れたところに座っていたハリーが、ハーマイオニーの新聞を畳みながら気軽に言っていた。そして、スリザリンのテーブル側から敵意の篭った視線を感じ、レイリはそちらを見遣った。マルフォイだった。驚愕の表情で新聞を握り締め、お前は僕の計画に一体何をしてくれたのだ!と言いた気な目をレイリに向けている。

例の大広間での一件を、あの女記者にタレ込んだのは彼だった。彼は、あの女記者なら飛びつくであろう特ダネだと思い、彼女らをどのように扱き下ろしてくれているかと期待して新聞を読んでいたのに、しかし、記者は全く記事にしていなかったのである。それを不審に思い、レイリが何か情報操作をしたのだろうかと疑っているのであった。

彼女はものの数秒で大凡の見当を付けると、勢い良く大広間を飛び出して行ったハーマイオニーの後に続こうとした。対抗試合の代表選手とその助手は、期末試験を免除されているのである。しかし、近付いてきたマクゴナガル女史によって呼び止められた。

「ポッター、ウィーズリー、そしてウチハ。代表選手とその助手は、朝食後に大広間の脇の小部屋に集合です」
「でも、競技は今夜です!」

ハリーは、時間を間違えたのではないかと不安になり、炒り卵をローブに零してしまったし、ロンはゴブレッドのオレンジジュースを口の端から溢れさせて咳き込んでしまった。

「それはわかっています。ポッター。それといいですか、ウィーズリー?」
「ゲホゲホッ…は、はい…」
「代表選手とその助手の家族が招待されて、最終課題の観戦に来ています。みなさんにご挨拶する機会だというだけです」

それだけを言い残すと、マクゴナガル教授は足早に立ち去った。残されたのは、唖然とするハリーとレイリ。そして、オレンジジュースで顔や制服をびしゃびしゃにしたロンだった。

「まさか、マクゴナガル先生、ダーズリーたちが来ると思っているんじゃないだろうな?」
「さあ…? どうかな。僕の方は、きっとママたちが来てくれるんだろうけど…」

ちらりと顔色を窺うように、ロンはレイリの方を見た。彼女は、ロンの目から見て、今までにない表情を呈していたので彼は驚いた。なぜそのような顔をするのか気になったが、彼にはそれを尋ねる勇気はなかった。

「そう言えば、レイリーの保護者って見たことないよな?」
「ホグズミードに行くのにすら許可出さないくらいだからな」
「過保護なんだろうなって思ってたけどよ…」

双子とリーが口々に話し出すと、自然とレイリに視線は集まって行った。しかし、彼女は難しい顔をしたまま微動だにせず、教員用のテーブルの方を見ていた。「レイリ?」とアンジーが肩を叩いた時「あの人が来てくれるとは思えない」と小さな声が漏れた。でもそれだけだった。

それから、双子達が試験に出かけてしまうと、見計らったようにセドリックがレイリに近付いてきた。フラーとガブリエルは、レイブンクローのテーブルから嬉しそうに立ち上がると、小走りで大広間から脇の小部屋に向かった。クラムも、助手のポリアコフと大広間から出て行く。

「おはよう、セドリック」
「おはよう、レイリ。浮かない顔だね。どうしたんだい?」
「ええ…その、正直に言うと小部屋に行きたくないのよ」

レイリのその心情の吐露は、朝食をなるべくゆっくり、時間をかけて食べていたハリーの心をぶるぶると揺らした。なぜなら、家族なんていないという固定化した気持ちが、彼の腹の中で渦巻いていたからである。「今、ちょっと保護者と冷戦中でね」と苦笑いをするレイリに、ハリーは少しだけ同情した。

セドリックは、レイリからの話を聞いて困った顔をしていたが「君を僕の助手だって、改めて両親に紹介したいな」と優しい声色で、彼女の顔を覗き込むようにして言った。レイリは、その目に根負けしたように微笑むと頷いた。

食べ終わったロンは立ち上がり、ハリーを見遣った。ハリーは、ロンの顔を見て、彼が小部屋へ行きたいという気持ちでいるのがよく分かった。ハリーが立ち上がりかけたその時、小部屋のドアが開いて、シリウスが顔を突き出した。

「ハリー!早く来てくれないか!私はまだこの部屋から出られないんだ!」

ハリーは、その姿を確認すると、もの凄い勢いで大広間を横切り、誰よりも早く小部屋のドアを開け、扉のすぐそこにいたシリウスに飛びついた。ロンは、ハリーが小部屋にダーズリーたちがいるのではないかと訝しみ、行きたがらないのを傍で感じていたので、彼の態度の変わりようにびっくりして固まっていた。

「僕らも行こうか」

セドリックはくすりと笑うと、レイリに手を差し出した。彼女はそれを取って歩き出す。ロンはそんな二人の先輩の後ろを足早に追いかけて行って小部屋に入ったのであった。

20160807
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