万物流転 | ナノ
20.死に塗れた祈り4
レイリは自宅の縁側で少し休憩していた。荒れた庭に面したこの縁側は、彼女の祖母が生前好んで腰掛けていた場所である。レイリはその同じ場所に腰を下ろし、膝の上には、石で出来た浅い盆が置かれていた。

盆の中は、淡く発光する銀白色の物質で満たされている。彼女がそれに向かってのの字を書くように利き手の人差し指を動かすと、銀白色のそれは、彼女に触れられていないのにも関わらず、ゆらゆらと渦を巻いたではないか。

そして、その物体は、盆から揺れ動きながら立ちのぼり、みるみると歪な楕円の膜のようなものを形作った。その膜を通して、本体の彼女はその場に居なくとも、分身などが『今見ているもの』を視ることが出来るのである。

この方法での諜報活動が出来るのは、この世でレイリただ一人だけであろう。なぜなら、この銀白色の物質を操り、膜を生み出すことの出来る人間は、この広い忍びの世の何処を探しても彼女だけであるし、元々この技術がこの世のものではなく、彼女もまた、この世界のみの『彼女』ではないからだ。

レイリは、靄のようなものに包まれているような不明瞭な記憶を思い返しつつ、それを見ていた。その特殊な膜のスクリーンに映し出されたのは、自来也とナルトの後ろ姿だった。

連絡烏から知らされた情報と照らし合わせながら、二人の様子を視ていた彼女は、その時ビビッと自分の中を走った別の分身からの情報に眉を寄せ、素早くスクリーンの上から下までを指でなぞった。

すると、自来也とナルトの後ろ姿が映っていたスクリーンが区切られ、新たにもう一つの画面が出来上がった。そこには、黒衣に赤い雲を浮かべた黒髪の人物が、遠く離れた場所に映っている。これ以上近づけないのかと、もどかしい気持ちになりながら、その画面を見つめていると、一瞬だけ瑠璃紺色が画面を遮った。

この映像が何を意味するか。ちらりと隣りの自来也とナルトの画面を目視すると、彼らは色町を歩いているところであった。その光景に、古い記憶からあるひとつの出来事を思い出し、レイリは、ハッとして立ち上がる。そして、点と点が線で繋がるように、芋づる式で思い出した記憶に口角を上げる。

『Accio』

ヒュッと空を切り飛んでくる筒状の物体を掴み、変化で身を窶す。最後の分身が、自分の役目を終えてこちらに帰って来たのは丁度その頃で、レイリはその分身から報告を受けると、本体は、小さな破裂音を残してその場から消え去った。

ただひとり、家に残された分身はスクリーンに映し出された自来也とナルトの姿を見て、ふぅと溜息を吐く。盆の上に浮かんでいた歪な楕円の膜は、その分身の手によって元の盆の中へ戻された。今はもう、ただの銀白色の物体となり、渦を巻いているだけ。そして、次第にその動きも鈍くなっていき、それは運動を止める。

次にその分身が盆を覗いた時、その物体は、もう何ものも映してはくれなかった。分身は、その盆を庭の大小三つの敷石のうちの一番面積のあるものに勢いよく叩き付けた。

パリン――ガラスの割れるような音が、辺りに響く。その音は、すぐに空間へ溶けてなくなった。盆を満たしていた銀白色の物質も、その敷石の表面に染み入るかのように消えてしまった。荒れた庭に残された分身は、じっとその場に佇んでいる。

「帰って…来たんだ」

この場所に帰ってきた。準備を整えた分身は、噛みしめるようにその言葉を残して煙になってしまった。レイリがいつかそうしたように、彼女もまた、大きく形の崩れた植木を目の当りにして、何か感じ取ったのだろうか。

20140316
20141127加筆
title by 207β
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