万物流転 | ナノ
56.いつわり2
杖を握る手に思わず力が入る。中にいた人物は、やはりスネイプの管理している薬品庫を漁っていた。今彼女にはその不審者の後ろ姿しか見えないが、その背格好からして、男だろうとみた。

しかし、想像していた背中より、いくらか華奢で、病人だと聞いている彼の人の姿にしては、いやに若過ぎるとも感じた。

「手を頭の後ろで組んで、ゆっくりと振り向いて下さい」

口調は柔らかくともレイリの鋭い声が飛ぶ。不審者の男は、鈍色の分厚い旅行マントを羽織っていた。その姿に既視感を覚えながらも、臆する事はなく「早くしなさい」と告げる。

松明の灯りが、ゆらゆらと揺れた。その灯りに照らされて、男とレイリの影が怪しく形作られている。不審者の男に注意を向けながら、彼女は研究室の状態を確認した。

薬品の入ったケースから、几帳面にラベルの貼ってある半透明の箱が幾つか乱雑に引き出されてあって、実験テーブルの上には、何かの粉末と、ボウルに入れられた大量の植物が散乱している。

お目当ての素材は何だ?テーブルの上にいくつか乱暴に置いてあるが、半開きになっている棚や引き出しは限られていて、手慣れていることが見て取れた。

レイリはそれを怪訝に思いながら、次は視線を窓に移した。遮光カーテンのため、月明かりの入ってこないこの部屋は、今、松明と彼女の杖先に灯る光りだけで照らされていた。

するとその時、目の前の男がぼそっと呟いた。耳の利くレイリには目の前の男がなんと言ったのかが聞き取れて、警戒を強める。その瞬間、窓ガラスは閉じられているはずなのに、松明の灯りが消えて、研究室の外からガシャンガシャンという何か重たいものが階段を転がり落ちる音が響いてきた。

その一瞬に、レイリは音に気を取られて、いつもはしないミスを犯した。その隙を狙って鈍色の旅行マントに身を包んだ男は、実験テーブルを軽々飛び越えて襲い掛かってきた。

何か呪文で応戦しようとした彼女よりも早く、男はレイリの口をその大きな手で塞ぎ、彼女が利き手に握っていた杖を叩き落とした。その杖は男が蹴り転がし、手の届かない所にやってしまった。

「ピーブズ!」部屋の外から恨めしそうな第三者の声がした。男は舌打ちをして自分の杖を振り上げた。レイリは、石造りの壁に強い力で押し付けられ、その勢いで後頭部を強打した。

彼女は頭の痛みに耐えながら、自分を押さえ付ける人物を睨み付け、松明に照らされた男の顔に目を見開いた。男は彼女の顔が驚愕の色に染まっていくのを見て愉快な気分になった。彼女の目に映る男の顔が残忍に歪み、男の笑みはますます深まっていく。

レイリは男の熱い息遣いを肌に感じながら、この危機的状況をどう切り抜けようか必死に考えた。男の手は彼女の口ばかりでなく鼻をも覆っていたので、呼吸もままならない状況だった。霞む視界の先で男の唇が動き出した。そのスペルを先読みし、呪いをかけられまいと彼女は必死に抵抗した。

しかし、男の方も渾身の力で彼女を取り押さえたので、レイリの抵抗も虚しくそのうちに男の腕の中で大人しくなった。無防備にもぐったりと体を自身に預けている彼女に、男は舌なめずりをした。男にとって、彼女はただのホグワーツ生であったが、彼≠ノとっては特別な生徒であった。

「いるのは分かってる。取っ捕まえてやるぞ、ピーブズ!」

その声は紛れもなく管理人のアーガス・フィルチの声であった。「フィルチか、悪いが探偵ごっこは終わりだ」古ぼけたネルのガウンを着たフィルチが顔を上げた先には、血の気の失った生徒を抱きかかえた教授が立っていた。

「ムーディ教授!」

フィルチは、彼の腕の中でぐったりしている生徒を見てキラリと目を光らせる。その期待を挫くかのように、ムーディは告げた。

「グリフィンドールの監督生だ。見回りの最中に倒れているのを、わしがそこで拾った」
「しかし、お言葉ですが、教授――」

「あぁ、もちろんだとも…彼女は、誰が何をどう見ても品行方正で模範的な生徒だ。その上、監督生だ。そんな人間が、まさか!こんな真夜中にベッドを抜け出して、廊下で寝るものか……」

フィルチはポルターガイストのピーブズの尻尾を取り逃がしたばかりか、生徒に罰を与える打ってつけの機会をも失ってしまい、歯噛みして悔しがった。相棒のミセス・ノリスがニャアと彼を慰めるように大きく鳴いた。

「ああそうだ……フィルチ」
「なんでございましょう、ムーディ教授」

立ち去ろうとした管理人を、ムーディはもう一度呼びつけた。生徒を横抱きにしたムーディが、顎でしゃくって何かを指し示す。「下劣なポルターガイストの落とし物だ」フィルチはすぐ目で追った。

底には鈍色に光る首が転がっていた。廊下の少し先にある階段の前に、鎧の首が、確かに転がっていた。

20131216
20160317
20160612加筆修正
title by MH+
[top]