55.いつわり
図書館から寮に戻ってきたレイリは、見回りの仕事があるのを思い出した。同じ学年の監督生であるコンラッドに頼まれて今夜の当番を交代することになっていたのだ。消灯の時間までなるべく談話室の端に待機し、時間になったら、太った婦人の肖像画の裏を抜けて真っ暗な校内へ出た。
暗い廊下をひとりで歩くのは、夜の森の中を歩くよりも安全であり、彼女にとってしてみれば、目を瞑っていても出来るとても簡単なことであった。見回りを続けて下の階へと見回りの足を進めていた時のこと。
気配を探る能力に秀でている彼女が今夜察知したのは、いつもとは違う気配だった。それは、ゾクゾクと彼女の背中を這い上がり、一種の危機感と言うものを、彼女の心の隅に抱かせた。妙に引っかかりを覚える感じだ。
(…以前にもどこかで――?)
レイリは、感覚を研ぎすまして、違和感のする方へと足を進めた。目を閉じると、自分の身体をも溶かし込んで見えなくさせる暗闇よりも、彼女にはよく見えた。
七階のトロフィールームからは、何やら騒がしい音が響いてくるが、これは違う。きっとこれはポルターガイストのピーブズのせいだ。レイリは、眩しそうに顔を歪める肖像画達に気を遣って、小声で『Nox』と唱えた。
もっと意識を集中させると、どうやら、違和感の発信源は、ここより階の左角の部屋からのようだ。彼女の記憶が正しければ、その部屋は魔法薬学の教授であるセブルス・スネイプの研究室だと認識されている。こんな時間に侵入するとは、不届きな生徒もいたものだ。それも、あのスネイプ教授の研究室に、だ。
彼女は、いつものルートとは反対方向にある一番近い階段へと足を運んだ。夜の学校はとても静かで、意識していないと、自分の足音が石の壁をはね返ってくるので少し耳障りだ。
廊下の真ん中辺りで、壁のタペストリーを捲った。その奥にはより狭い階段が続いており、レイリは読んで字の如く、忍び足で月明かりも差さないそこを下りた。
最下段からフロアへ到着すると、レイリはまたタペストリーを潜った。そして、そこではたと気付く事があり、スネイプ教授の研究室へと進めていた足を止めた。
それから、もう一度よく意識を沈ませて相手の気配を探ると…彼の研究室で何かを漁っている人物は、ここには居ないはずの人物のそれに、非常に良く似ていることが分かった。彼女はその新事実に背筋が凍った。
「…そんな、なんであの人が――ホグワーツに?」
思わずそう洩らしてしまうくらいには、彼女は動揺していた。彼女は思わず自分が零していた言葉を自覚しパッと口を手で塞いだ。そして、自分の失態を恥じてギュッと唇を噛む。
(私としたことが…)
予想外なんてことは、ごまんとある魔法界ではないか。自分の物差しでは計ってはならない。そんなことはすでに分かっていたはずじゃないか。
けれど、彼は体調を崩していて自宅療養中だと、クリスマスの夜にパーシー先輩からは伺っていた。それに、連日新聞が書き立てる彼の記事では、どうやら大病を患っているらしく魔法省の国際魔法協力部へも一切顔を出していないと聞く。
彼の人のように規則を遵守する品行方正なタイプの人間が、こんな夜中になぜ――?それも、学校と言う閉鎖的な空間の、魔法薬学教授の研究室に、一体何の用があって、こんなことを――?
レイリは、細心の注意を払って瞬身の術を使った。次に彼女が息を吐いた時には、目前に松明の火が扉の隙間から漏れているスネイプ教授の研究室があった。先日も研究室の一部を借りて、脱狼薬の調合を行ったばかりである。
その時に彼は言っていた。「放課後には、生徒が勝手に我輩の研究室に立ち入らぬよう、この部屋には呪文で封印が施してある」と。
となれば、今、この部屋の中にスネイプ教授以外の人物が存在しているのは異常なことであるし、それに、なんと言っても、彼の人がここに居るのはありえないことであった。
レイリは利き手で杖を握り、反対の手で扉の取っ手をゆっくり掴んだ。ゴクリと唾を飲み込んだ。自然と手には汗がにじんで、鼓動は早くなった。
3、2、1――
「動くな!」
20131216
20160317
20160612修正
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図書館から寮に戻ってきたレイリは、見回りの仕事があるのを思い出した。同じ学年の監督生であるコンラッドに頼まれて今夜の当番を交代することになっていたのだ。消灯の時間までなるべく談話室の端に待機し、時間になったら、太った婦人の肖像画の裏を抜けて真っ暗な校内へ出た。
暗い廊下をひとりで歩くのは、夜の森の中を歩くよりも安全であり、彼女にとってしてみれば、目を瞑っていても出来るとても簡単なことであった。見回りを続けて下の階へと見回りの足を進めていた時のこと。
気配を探る能力に秀でている彼女が今夜察知したのは、いつもとは違う気配だった。それは、ゾクゾクと彼女の背中を這い上がり、一種の危機感と言うものを、彼女の心の隅に抱かせた。妙に引っかかりを覚える感じだ。
(…以前にもどこかで――?)
レイリは、感覚を研ぎすまして、違和感のする方へと足を進めた。目を閉じると、自分の身体をも溶かし込んで見えなくさせる暗闇よりも、彼女にはよく見えた。
七階のトロフィールームからは、何やら騒がしい音が響いてくるが、これは違う。きっとこれはポルターガイストのピーブズのせいだ。レイリは、眩しそうに顔を歪める肖像画達に気を遣って、小声で『Nox』と唱えた。
もっと意識を集中させると、どうやら、違和感の発信源は、ここより階の左角の部屋からのようだ。彼女の記憶が正しければ、その部屋は魔法薬学の教授であるセブルス・スネイプの研究室だと認識されている。こんな時間に侵入するとは、不届きな生徒もいたものだ。それも、あのスネイプ教授の研究室に、だ。
彼女は、いつものルートとは反対方向にある一番近い階段へと足を運んだ。夜の学校はとても静かで、意識していないと、自分の足音が石の壁をはね返ってくるので少し耳障りだ。
廊下の真ん中辺りで、壁のタペストリーを捲った。その奥にはより狭い階段が続いており、レイリは読んで字の如く、忍び足で月明かりも差さないそこを下りた。
最下段からフロアへ到着すると、レイリはまたタペストリーを潜った。そして、そこではたと気付く事があり、スネイプ教授の研究室へと進めていた足を止めた。
それから、もう一度よく意識を沈ませて相手の気配を探ると…彼の研究室で何かを漁っている人物は、ここには居ないはずの人物のそれに、非常に良く似ていることが分かった。彼女はその新事実に背筋が凍った。
「…そんな、なんであの人が――ホグワーツに?」
思わずそう洩らしてしまうくらいには、彼女は動揺していた。彼女は思わず自分が零していた言葉を自覚しパッと口を手で塞いだ。そして、自分の失態を恥じてギュッと唇を噛む。
(私としたことが…)
予想外なんてことは、ごまんとある魔法界ではないか。自分の物差しでは計ってはならない。そんなことはすでに分かっていたはずじゃないか。
けれど、彼は体調を崩していて自宅療養中だと、クリスマスの夜にパーシー先輩からは伺っていた。それに、連日新聞が書き立てる彼の記事では、どうやら大病を患っているらしく魔法省の国際魔法協力部へも一切顔を出していないと聞く。
彼の人のように規則を遵守する品行方正なタイプの人間が、こんな夜中になぜ――?それも、学校と言う閉鎖的な空間の、魔法薬学教授の研究室に、一体何の用があって、こんなことを――?
レイリは、細心の注意を払って瞬身の術を使った。次に彼女が息を吐いた時には、目前に松明の火が扉の隙間から漏れているスネイプ教授の研究室があった。先日も研究室の一部を借りて、脱狼薬の調合を行ったばかりである。
その時に彼は言っていた。「放課後には、生徒が勝手に我輩の研究室に立ち入らぬよう、この部屋には呪文で封印が施してある」と。
となれば、今、この部屋の中にスネイプ教授以外の人物が存在しているのは異常なことであるし、それに、なんと言っても、彼の人がここに居るのはありえないことであった。
レイリは利き手で杖を握り、反対の手で扉の取っ手をゆっくり掴んだ。ゴクリと唾を飲み込んだ。自然と手には汗がにじんで、鼓動は早くなった。
3、2、1――
「動くな!」
20131216
20160317
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