万物流転 | ナノ
18.引き金は衣嚢に5
レイリは作業を開始してから数分後、人差し指をカカシの額からそっと離した。そして、今しがた自分が入り込んだカカシの記憶の中の壮絶な出来事を思い返し黙考すると、腕捲くりを止め、衣嚢から白色の薬包紙を取り出した。

ガイの訝しむ視線が彼女の一挙一動に注がれる中、カカシの顔の半分を覆い隠すマスクにレイリの手がかけられ、何の躊躇もなしに顎の下までずらされた。露になったカカシの素顔に、アスマとガイは瞠目し、紅は少しだけ頬を紅潮させる。

しかし、レイリは彼の端麗な容姿には全く興味が無い様子で、その包みを開きぶつぶつと何事かを唱えて紙の上の深い緑の粉に息を吹掛けた。そこから舞い上がった緑色の粉は陽の光に透き通りキラキラと宙を舞う。

そして、次第に空気の流れとは別の、何らかの力によってその形を変え、まるでその粉自体が意志を持ち、生きているかのような滑らかな動きで彼の鼻口から体内へ入っていった。その一部始終を食い入るように見ていた上忍師の三人は、こんな医療忍術は初めて見たと言った顔付きである。

「――それでは、用が済んだので私は帰ります」

「…なあ、お前は本当にカカシを治療してやらないのか?」
「はい、そのつもりです。…どうして私が、そこまではたけ上忍の面倒を見なければならないのですか?」

立ち上がったレイリに、ガイが声を掛ける。二度目のその言葉に、うんざりしている目をガイに向けた彼女はそう吐き捨てた。その素っ気ない態度と言葉を受けて、今度は紅が非難めいた声を上げた。

「面倒って…アナタねぇ、仮にもカカシはアナタの先輩でしょう?助けようとは思わない訳?」

「…お言葉を返すようですが、夕日上忍。――確かに、はたけ上忍は私の先輩で、私は後輩ですが、それ以上でもそれ以下でもありません。…それに、私はもうすでに一度はたけ上忍には忠告しておきました」

「…どういう忠告だ?」そう眉を寄せて低い声で言ったアスマに対し、レイリはいささかの戸惑いもなくキッパリと告げる。

「彼らとの戦闘において、はたけ上忍は敵の瞳術の前に敗れる≠ニいうことをですよ」

彼女から告げられた言葉に、アスマは言葉を無くし、ガイは頭の中が真っ白になった。唯一紅だけはイタチとの戦闘で、己との実力の差を体感していたので、彼女のその言葉を受けて悔しげに唇を噛んでいる。レイリが口を閉じると、しばしの重たい沈黙が流れた。

アスマはそろりと目を動かし、ベッドに横たわる同僚の血の気のない顔を見て、イタチを前に手も足も出なかった己の未熟さにぎゅっと拳を握った。そして再び、静かな声でレイリは話し始める。

「忠告しておいた事柄に対して、彼がどう決断し行動しようと、それは彼の勝手です。私は、自分が間違った助言をしたとは微塵も思っていません。…今回のことは彼が自分で決めたことによってこのような結果に至った。ですから、そのはたけ上忍の決断を尊重し、私は彼を治療しません」

つまりはそういうことだ。カカシは、レイリの助言に従っていたならば、あの場へのこのこと一人で応援には来なかっただろう。きっと、ガイの様に暗部の増援部隊を手配していたはずだ。しかし、現に今、彼はレイリの言った通りにイタチの瞳術を喰らい敗れ、床に臥せっている。

カカシは、レイリの忠告を聞き入れなかった。自分の力でどうにか出来ると思い、彼女の助けは必要無いと判断し、よって、敗れた。彼女の言分は正論で、誰も反論は出来なかった。しかしそれでも、少しくらいは診てやったらどうだと思ってしまうのは、彼らが人間としての感情を捨て切れないからであろうか。

///

「――そうだ」

帰り支度を整えたレイリは、入り口付近の床に置いた自分の鞄を持ち上げた。そして、ドアノブに手を掛けると思い出したようにそう声を発した。ゆっくりと振り返ると、もうすっかり黒い頭巾を目深に被っていたので、三人には彼女の口元しか見えなかった。

『あなた方にも私から、ひとつご忠告差し上げましょうか』




レイリが部屋を出てから数分と経たないうちに、彼女が言った通りのことが本当に起きた。重たい空気に支配され、身動きが取れずにいる上忍師と眠るカカシの元へ、サスケが現れたのである。その事実に、誰もが『彼女には未来を見通す力があるのか』という疑問を頭の中に生じさせる。

「…どうしてカカシが寝てる? それに、上忍ばかり集まって何してる…一体何があった!?」

「…ん…いや、別に何もな――」
「あのイタチが帰って来たって話はホントか…!?しかもナルトを追ってるって…――あ!」

自分を復讐者だと言うサスケに、イタチがこの里に帰って来ているなどという事実を告げられる訳もなく、嘘の苦手なガイが不思議がる彼を何とか誤摩化そうとしていると、タイミングの悪いことに、黒のゴーグルがトレードマークの山城アオバ特別上忍が到着した。

しかも、彼は事の顛末を全て口に出しながら、部屋の扉を開け放ったのだ。ガイは舌打ちをし、紅は「バカ…」と言いながら扉の前で固まっているアオバに冷たい視線を送った。

サスケは、憎しみの籠った目を見開き、チャクラを膨れ上がらせた。次の瞬間、弾けるように部屋を飛び出したサスケを「何でこーなるのッ!!」と言いながら、ガイが追いかけて出て行く。カカシの寝室に残されたアスマと紅、そしてアオバは苦虫を噛み潰したような顔をする他はなかったのである。

20140224
title by 207β
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