万物流転 | ナノ
17.引き金は衣嚢に4
三人目の分身の報告に、本体のレイリはやっと重たい腰を上げた。まだその部屋に留まっていた分身が『行っちゃうのぉ?』と気怠げな声を上げると、それを一瞥したレイリは「あなたもそろそろ戻りなさい」と告げてその分身を消した。最後に見たその顔はとても不満げに口元が歪んでいたが『また呼んでねぇ』と言っている目をしていた。

レイリは、袖のない黒い羽織りを肩にかけ前を閉じ、それに縫い付けられた頭巾を目深に被った。衣嚢には短い文が入っているのを確認して、玄関の施錠をした。目指すは、カカシの家。足にチャクラを溜めて、彼女は飛翔した。




カカシ宅へ到着した上忍師は、まずカカシを彼のベッドに横たわらせて話をしていた。カカシの部屋は、きちんと片付けられていて、物も少なかった。――アスマが「紅の部屋とは大違いだな」と言えば、紅が「大きなお世話よ」と反論して言ったので、彼らの関係性を垣間見たガイなのであった。

しかし、ベッドサイドの備え付けの机の上には、何かの古い任務の書類と、送られてきた手紙が広げたままになっていた。また、その手紙は、美しい青紫の文字で綴られているのが印象的で、文面と言うよりは字体に目を惹かれるものだった。

「奴らの様子じゃあ、まだナルトは見つかってないみたいだな…」

「…でもおかしくないか…。あいつらすでに里に入り込んでた。この里でナルトを見つけるなんて簡単だろ…。イタチは、ナルトの顔を知ってるんだぞ」

他人の物を勝手に移動させるのもどうかと思ったが、任務や手紙の内容を知ってしまうよりはマシだと思い、その付近に立っていたアスマが紙を裏返しにして置いておいた。

「すみません…」

突然の他の人物の声に、上忍師達は皆驚いて声のしたドアの方に視線を走らせた。ドア板を挟んだ一枚向こう側に、誰かいる。コンコンとノックの音が部屋に響き、その場にいた三人はお互いに目を配りそして、ガイとアスマが頷くと、紅がドアを開けた。

「――お邪魔してもよろしいでしょうか?」

そこには、声からして女。そして、自分達よりも年少に見え、服装は和服の人物が立っていた。その人物に一番近い場所に位置している紅は、自分がその人間の気配に全く気付かず後ろを取られてしまっていたことに気付き戦慄していた。

「気配で、家に誰かがいるのは分かってたので、玄関の前でも声をかけたのですが…何も反応がなかったので、勝手にここまで上がってきてしまいました。――すみません、大事なお話中でしたか?」

ゆっくりした動作で部屋の中へ入ってきて、紅がドアノブから手を離すのを確認してから、するりとそれに手を伸ばし、ガチャリとドアを閉じた。黒色の羽織りに、頭巾を目深に被ったその人物は、三人からすれば不審人物に認定されていてもおかしくはない。

和装の人間レイリは、自分を怪しむ視線を感じながら、そこまで言い切ると、手に持っていた革の鞄を静かに入り口付近の床に下ろした。そして、こちらの様子を伺っていたガイが彼女に声をかけた。

「お前…カカシの知り合いか?」
「はい、そうです。でなければ、ここへは来ません」
「どうして今、ここにカカシがいると知ってたんだ?」
「最初に、気配を探ったと言ったじゃないですか」

「…アナタ、カカシとどういう関係?」
「はたけ上忍と私は先輩と後輩の関係です。――暗部時代の」

彼女がそう言うと、上忍師らはハッとして顔色を変えた。そして、三代目の葬儀が行われたあの日、いつもと様子がおかしかったカカシから聞いた件の後輩の名を思い出した。実は、彼ら三人は葬儀の後、カカシからとある話を他言無用として聞いていたのである。

「…それじゃあ、お前が?」アスマが机から腰を浮かして、カカシの後輩を名乗る人物へと向き直った。ガイはすでに立ち上がっている。和装の人物の白い手が、黒い羽織の前の結び目を解く。肩の部分を引っ張ってそれの脱ぎ去ると、その勢いに連れられた緑の黒髪が、艶(あで)やか流れた。

「はじめまして、皆さん。――私が、カラスです」

そう言って礼儀正しく頭を下げたレイリは、三人が警戒を緩めたのを察知して、顔には露ほども出さないが内心で胸を撫で下ろした。そして彼女は、ぐったりとベッドに横たわるカカシを一瞥し「はたけ上忍がこんなになるなんて…」と呟くと、三人ともが苦々しい顔になっていくのを見て、笑いそうになった。

「まぁ、何があったか――誰にやられたのかも、鳥達が教えてくれたので聞きませんが…」

さらにそう言えば、今度は驚きに染まった顔を自分の方に向ける上忍師達に、忍者がこんなにはっきりと感情を顔に出していいものなのか…と若干呆れそうになるレイリであったが、溜息を吐きたいのを我慢してベッドへと近付き、アスマとは反対の場所に移動する。

どっかりとガイが椅子に座り「何をするんだ?」と尋ねる中、レイリは腕を捲り左手をカカシの額の上へと突き出した。「私のこと…何かはたけ上忍から聞かされてませんか?」と言えば、疑問符を頭上に浮かべるアスマを見て「これでも私、暗部では専属の医療忍者のような役を任された経験もあるんですよ」と彼らに告げる。

「それじゃあ、お前今からカカシの治療を、」
「あ、違います」
「なにぃ!?治療じゃないなら、なんだその手は!」
「静かにして下さい。ガイ上忍。作業に集中出来ません」

ガイは椅子をひっくり返して立ち上がると、レイリを指差しながらあれやこれやと叫び出した。そんなガイを、羽交い締めにし黙らせるように口を塞いだアスマは「じゃあお前、今から何すんだよ」と厳しい目を彼女に向けた。ドアの傍に立つ紅の赤色の目も、彼女が不審な動きをしたらすぐに取り押さえられるように、じっと向けられいる。

「そんなに怖い顔をしないで下さい。 皆さんが何を勘違いしていらっしゃるのか、私には分かりませんが、私が今から行うことは、はたけ上忍の了承を得ています」

レイリは、カカシの額の上に伸ばしていた手を引っ込めてから言った。さらに「私は、何時にご自宅へ向かうか約束の手紙まで送ったんですよ?」と付け加えて言う彼女に、アスマが「その手紙ってぇのは、もしかするとコイツか?」と言って、ガイを腕の拘束から放して机の上に伏せておいた紙を拾い上げた。

「そうです。それです」と肯定する彼女を見て、紅に目を配り、レイリが嘘をついていないことを確認すると「…だそうだぞガイ。気は済んだか?」と傍らの同僚に尋ねる。彼はまだ納得のいかない様子であったが、自分の倒した椅子を起こしてそれに座り、カカシに何かあればひっ捕らえるぞという目をレイリに向けて腕を組んだ。

静かになったガイに、レイリはやっと事が進むともう一度カカシの額へ掌を伸ばす。最初に、チャクラを溜めてダメージがどれだけなのかを確認してから、彼女はカカシの額の中心へと手を移動させ、人差し指以外を折り、伸ばした指の先を、眉間の少し上の位置にぴったりつけた。

そして、唱えるのである。




『Legilimens』

20140223
title by 207β
*分身体に個性があるのは愛嬌です
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