万物流転 | ナノ
12.穢れないその背中5
本体のレイリが、サスケへの処置を済ませ、彼を巨木の足元に横たわらせている頃。四つの分身のうちの一体は、一軒の然程大きくはない集合住宅の最上階に来ていた。

頭巾の付いた着物と同じ色の羽織りを着ている彼女は、その場所に上手く馴染めず浮いている。目的の部屋のドアの前に立ちノックをするも誰も反応せず、そしてその時彼女は自分が忍びであることを思い出して、気配を探った。

(なんだっけぇ…あれか、今この子は自来也と一緒だったかな?)

朧げな記憶を手繰り寄せ、そんなことを心の中で思いながら、もしこの部屋の主が先の人物と里を出てしまった後であったら、自分はどうしたらいいのかという問題に直面する。考えていても、部屋の主がいなければ仕方がない。何処からともなく取り出されたグローブを緩慢な動作で両手にはめて、利き手でドアノブを握った。

(取り敢えず、部屋に入って確認しないと…)

ガチャリ、ガチャガチャ。当然玄関は施錠してある。溜息を我慢しながら面には出さず焦っていると、慌ただしい気配と足音がこちらへ向かってくるのに気が付いた。そして、視界の端から迫る明るい黄色と橙色の人物に、ほっと胸を撫で下ろした。これで彼女は家宅侵入罪を犯さずに済みそうだ。ドアノブに伸びていた手を下ろし、足音のする方へ身体を向ける。

「そこ退いてくれってば!」

目立つ橙色のコスチュームを身にまとった金髪碧眼の少年が、こちらへと走り込んで来ている最中で、そう叫びながら片手で追い払う仕草をしていた。その姿は、彼女の最後の記憶の中の男の子の後ろ姿から、見紛うほどの成長をしたもので、彼女は内心ほうと感心し、知らず知らずのうちに息を吐いていた。

「…うずまきナルトくん」

「(オレの名前…?)おまえだれ?オレになんか用?オレってばエロ仙人待たせてっから、急いで準備しなきゃなんねぇんだけど!」

「急いでいるところ悪いんだけど、少しだけ君の時間を私にくれるかな?(エロ仙人≠チて…はは。あの自来也様もナルトの前では形無しだなぁ)」




不満げな顔をする金髪碧眼の少年ナルトは、自分の部屋の前に立つ濃紺色の和装の不審人物に「それ取って話してくれるんならいいってばよ」と、その人がつけていた猫のお面を指差しながら告げた。

その返答としては「お面だねぇ。…取ってあげてもいいけど、それは、君の部屋の中に入ってからね?」と閉ざされたドアを左手の親指で指しながら相手は言う。

「…わかったってばよ。」
「…ありがとう。うずまきナルトくん」

しぶしぶ頷いた彼は、玄関を開けその不審人物を招き入れた。その際に微かに感じる異臭に自分の後に続いて廊下を歩く人物が、お面の下で眉をしかめていることなど露知らず、ナルトは我が家をずんずんと進んでいく。「何処か落ち着いて話せる場所はあるかな?」と廊下の突き当たりにある開け放たれているドアを潜るナルトに後者の人物は声を掛ける。

「うーん…それって、座れる場所って意味か?」
「…まぁ、そういうことだね」

「それじゃあベッドの部屋しかねぇってば!」
「…え?寝室?」

今しがた入ってきた扉のすぐ右から続く廊下の方に、進行方向を変えたナルトに続いて歩く。リビングダイニングは、酷い有様であることをここに明記しておきたい。

ナルトの家の最初の部屋は、食べ終わったカップメンと空の牛乳パックなどのゴミが散乱しており、所々に掃除したような形跡が見られるものの、とても落ち着いて話が出来るような場所ではなかった。また、台所にある鍋や電気釜も埃をかぶっており、長いこと使われていないことを示している。

リビングダイニングに入った時に左側にあった冷蔵庫の中身も気になるが、この様子では野菜や肉、魚などの食材がその中に入っていることは期待出来ないだろう。この子の食生活は大丈夫なのか、と心底不安になるレイリである。

廊下を行ったすぐ正面には、磨りガラス付きのドアがあり、そこが寝室への入り口になっていた。また、この廊下の左側には扉があり、それと向かい合うようにしてトイレットペーパーの備蓄品が山積みされていたのでこの左の扉の先にはトイレとお風呂があるのだろうと予測出来る。

ナルトは足で、膨らんだ黒いゴミ袋を寝室の端の方に追いやると、続いてベッドの上に鎮座していた布団を整えた。「ここに座ってくれ!」と言うナルトに「…あぁ、うん。ありがとう」と返すレイリは、遠慮気味にベッドに腰を下ろした。

「おまえ、オレに用があって来たんだろ?」
「…そうだよ。うずまきナルトくん」
「…話ってなんだってばよ?ていうか…だれ?」

「…そうだね、私と君は初対面だったねぇ」そう言いながらお面の下で苦笑している相手に、同じくベッドに座り、この上で胡座をかいて疑念を生じさせながら問うナルトの反応は最もなことだ。

「大事な用件を話す前にまず私のことを説明した方が――」
「あー!ちょっとタンマ! 姉ちゃん、オレってば急いでんの!話なら手短かによろしくってば!」

説明を始めようとする相手の言葉を遮り、水を差すように声を上げるナルトに対し、彼には見えないが、にっと口角を上げた相手はゆっくりと仮面に手をかけた。その動作に、ナルトも自然と黙って相手に注目する。下を向いて面を外し、頭巾も払って顔を上げると、現れたその顔にナルトはびっくりして声を上げそうになった。

しかし、ナルトが声を出さなかったのは、出せなかったからだ。その理由は、相手がナルトの口を左手で塞いだこともあるし、なんと言ってもその人物の澄んだ黒曜石のような瞳がそれを許さなかったからである。

「しー、静かに」ナルトに顔を晒したレイリは、右手の人差し指を唇に乗せながらそう告げた。黒曜の瞳はじっと、空色を閉じ込めた瞳を見つめている。ナルトの叫びたい衝動が鎮静していくのをその目に見た彼女は、叫ぶなと言った自分に同意して彼がコクコクと頷くのを合図に、塞いでいた口から手をゆっくり離した。

「…はじめまして、ナルトくん。私は、レイリです」

20140222
20160605修正
title by 207β
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