万物流転 | ナノ
52.こうかい
「レイリ、お願い出てきて!」
「私たちはあなたを怖がったりしないわ、ねぇお願い…」

扉の外からアンジーとアリシアの不安げな声が聞こえてくる。どちらも私を気遣ってのことだったが、その声が震えていることに私は気付いてしまった。

私は、自分が今しがた大広間で仕出かしたことについて絶賛後悔中であり、女子トイレの個室に閉じこもっている。酷く気が動顛していた。まさか、私が、どうして、あんなことを…今までの行動が全て水の泡じゃないか!

(なんてバカなことをしてしまったんだ)

怒りに任せた短絡的な行動だった。つい、感情的になってしまい、あれはもう反射だった。私は自分より年下の人間に甘いらしい。というより、謂れのない誹謗中傷によって大切な後輩を傷付けられて冷静でいられる訳がない。口の端がチリチリと疼く。火傷だ。

仏の顔も三度まで。つまりは、そういうことである。私が何を、トイレに立て籠ってまで後悔をしているのかといえば、事の発端は、ホグズミード行きのあった翌週の月曜日の朝に遡る。




月曜の朝。ハーマイオニーの元に梟便が押し寄せた。「みんなおんなじような物だわ!」という彼女の声が聞こえてくる。いつものメンバーと朝ご飯を食べていた私は、何気なく三人の方に目を走らせた。彼らの頭上には、自分の手紙を一番先に渡そうと梟が押し合いへし合いしていた。

何事だろうと思いつつ、リーに呼ばれたのでこちらの会話に参加していると、短い悲鳴が聞こえてきた。その後すぐに、強烈な石油の臭いが漂ってきて、私たちは臭いのする方を見た。フレッドとジョージが、席からヒョイっと抜け出すと、ハーマイオニーの方に駆け出した。

「「大丈夫かいハーマイオニー?」」
「これって…」

双子はほぼ同時に彼女に言った。ロンが恐る恐る封筒を拾い上げて臭いを嗅いでいる。「何があったの?」目から涙を溢れさせるハーマイオニーに、私は駆け寄って優しく尋ねた。彼女の両手には、大きな黄色い腫れ物ができていた。

ハリーが彼女に送られてきたというものを次から次に見せてくれた。日刊予言者新聞を切り抜いたような文字が貼り付けてある。内容は、どれも心ないもので、彼女を貶めたり蔑んだものだった。彼が言うには、最後の封筒を開けた時に、強烈な石油の臭いがする黄緑色の液体が噴き出したらしい。

ロンが言った。「腫れ草の膿の薄めてないやつだ!」双子も同意して頷いた。零れる涙を拭うことすらできないほど、指も手の甲もブツブツとした腫れ物に覆われている。彼女の手の痛みはもちろんだが、心の痛みはいかばかりだろうか。私はそれを思うと、頭の中が一瞬にして真っ赤に染まりかけたが、なんとか、本当になんとか、ギリギリで三秒数えることができた。

こんな痛々しい手をしたよく知る後輩を、大広間に残して授業に行くのを渋る双子をリーとアンジーに預けて、アリシアには私がクラスに遅刻して行くことを教授に伝えてくれるように頼んでから、三人のところに戻った。

「医務室に言った方がいいよ」
「スプラウト先生には、僕たちがそう言っておくから…」

「彼女には私が付き添うから、先に授業へ行ってらっしゃい」

ハーマイオニーはぽろぽろと涙を零しながら私を見た。二人は、テーブルの上の悪質な手紙をぐしゃぐしゃにして丸めると、それを持って大広間を出て行った。私は彼女の隣りに腰を下ろした。ハンカチで彼女の涙を拭いながら「手をみせて」と努めて優しく言った。

そっと私に触れないように手を出したハーマイオニーは、私が戸惑いなく彼女の手を持ったので驚いて手を引こうとする。「ダメ!あなたの手までおできだらけになってしまうわ」声を詰まらせた顔女に大丈夫と言い聞かせる。彼女の手を掴んでいる私の左手は、もうすでに日向やうちはでない限り、肉眼では目視できぬほどの極微量のチャクラをまとっていた。

彼女に目を閉じさせて、片手ずつ治療を施した。私の両手でハーマイオニーの手を包み、分厚いデコボコの手袋のようになってしまっている皮膚の表面を撫でてアイロンのように動かした。すると、私が撫で終わったところから、腫れが治まり元通りのつるつるした肌色に戻る。

赤く充血した瞳がパッと開くと、すっかり腫れの引いた自分の両手を目にしたハーマイオニーは「どうやったの?」と弱々しく呟いた。私は鞄から愛用のハンドクリームを出した。「企業秘密よ」もう一度彼女の手を取り、チューブから適量出したクリームを彼女の手に馴染ませていく。最後にリラックスのツボを重点的に揉み込んでからそっと手を離した。

「さぁ、立ってグレンジャー」彼女を薬草学の温室まで送り届ける。彼女がローファーを履き替えるのを見守ってからハーマイオニーを呼び付けて、パステルカラーの手袋をはめさせた。戸惑う彼女に「肌を保湿するために外さないでね」と微笑みかけ、私は魔法史の教室に向かった。

20160317
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