万物流転 | ナノ
11.穢れないその背中4
『君は何に焦っているの?』
『どうして焦る必要があるの?』

そう問いたところで、何も答えてはくれないで、目を瞑ったままの君。けれども、君は、ずっとそのままで居たほうが良かったのかもしれない。

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二度に渡る地響きほどする轟音に、レイリはサスケの修業する第三演習場の方へと戻って来ていた。そこには、二ヶ所を大きく抉られた大岩が満身創痍の出立ちで、砂埃をまとっており、そこから数メートル離れた演習場の中央にはうちはの家紋を背負ったひとりの少年が左腕を押さえて立っていた。

彼女は、その少年の後ろ姿に既視感を覚えて思わずその少年に駆け寄ろうとしてしまったが、寸での所で思い止まり木立の陰に身を潜めた。肩で息をする少年サスケは、今にも倒れてしまいそうであったが、尚も修業を続ける様子で、レイリの存在など全く気付かないまま再び目の前にある大岩へ駆け出していった。

彼女はそんなサスケの姿を見て、内心複雑な心境である。と言うのも、彼が今、このようにボロボロになりながらも修業に精を出すのは、唯一の肉親である兄のイタチを殺すためであると言うことを三代目火影を通じて知っているからだ。

今、自分を含む生存している一族のうち、あの夜の真実を知らないのは、当時はまだそれを知るには幼過ぎた彼だけである。なんとも歯痒いものだ。もし今、彼女が出しゃばって真実を語ったところで、このことは、どうこうできる問題ではないのだから。

この問題は、一族の問題。つまりは、彼らと彼女の問題でもあるが、この兄弟間にある憎しみを解決させるためには、当人達が話し合いをするのが一番であるからだ。しかしレイリは知っている。兄弟間の憎しみが、実は弟のサスケからの一方的なものであることを――サスケは、兄のイタチにまんまとしてやられたという訳だ――そして、サスケの憎しみが、修復可能か否かの瀬戸際にあるということも。

頭上に大きく枝を広げる木立は、足下にて硬い岩をも打ち砕きその根を地中に隆々と張り巡らせている。ただ見ているだけのことが、こんなにも辛いとは。レイリは立っておられず、地面から突き出ている木の根に腰を下ろした。

眼を閉じれば、闇が広がる。しかし、そこには眠る前、最後に目にした彼の泣き顔が浮かんで、さっき既視感を覚えたサスケの後ろ姿にそれが重なった。




地鳴りのような音がして、目を開く。先ほどまでは大岩が横たわっていたはずだが、今彼女が確認出来るのは、崩れた赤茶色の岩山だけであった。

もしや、あの大岩をサスケが崩したというのだろうか。まさか、これほどの力を持っていたとは。そう思いながらレイリは目を凝らしてサスケの姿を探した。

すると、手前の岩陰から、サスケが這い出てきてその場に崩れ落ちた。しばらく様子を観察していて、全く動く気配のないサスケに、レイリは彼が気を失ったのだと分かると、根に下ろしていた腰を上げ瞬身の術で倒れている彼の傍まで行った。

しゃがんで首筋に手を当てる。どうやら、脈は正常より少し早いくらいだ。うつ伏せに倒れているので、レイリは相手が目を覚まさないよう細心の注意を払いながら肩と腹部に手を差し込んで押し上げ、反転させて上を向かせた。木ノ葉マークの刻まれた額当てをし、眉間に皺を作りながら気を失っているサスケに、彼女は溜息を吐く。

サスケを足場の悪い場所から平地に運んでから、レイリは彼の怪我の具合を確認した。口の端には、火遁の術を修業したのか火傷があり、また、左手の甲と爪の先には、皮膚が捲れ上がり所々出血している傷が見られる。服の袖には解れもあり、ダークブルーのサンダルは日々の修業や先の中忍選抜試験とその本戦においての戦闘の為か底が擦り減っていた。

レイリは、擦り傷のある頬をやさしく撫でて、眉間を軽く押して延ばした。すると、先ほどよりも幾分か安らかな寝顔になる。こういう所は年相応なのだからと彼女の口元が綻んだ。

「サスケ。どうして君はそんなにも焦っているの?」

そう問いたところで、相手は気を失っているのだから、返事はもちろん返ってこない。頭上を旋回する黒い羽をした相棒の一羽が一口鳴いた。彼女は眩しそうに目を細めながら、その烏が風を切って降りてくるのを見る。

左腕を突き出し、その烏を腕に留めさせてからその瞳を見つめると彼女の中に相棒達が見てきたヴィジョンが自分の中に流れ込んできた。

その中のひとつの映像に、彼女は眉をピクリと動かして微かに息を呑む。その映像には、木ノ葉の二人の忍びと対峙する、黒い衣に不気味な赤い雲を模した絵の描かれた装束の男が二人見えた。

明らかにこの里の者ではないと思われる、黒装束の二人組のうち、片方は大柄で肌は青黒く大きな刀を背負っており、もう一方は風に流れる黒髪に、そしてレイリ達と同じ紅い瞳を持っていた。

「ねえ、サスケ…」

///

――君は何に焦っているの?――

そう問いたところで、何も答えてはくれないで目を瞑ったままの君。けれでも、君は、ずっとそのままで居たほうが良かったのかもしれない。

――君がもし真実を知ったら、君は壊れてしまうのかな?――

20140220
20150703 加筆
title by 207β
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