万物流転 | ナノ
9.穢れないその背中2
三代目の遺影越しに火影岩を見上げる葬儀の参列者たちの間に、一人の人間が忽然と姿を現した。小さく鳴った破裂音に気付いた後列の忍が素早く振り返ると、そこには黒色の番傘をさしたが人間が立っていた。その人物は喪服を着ていたので、彼らはその者も三代目の葬儀に出席するために現れたのだろうと自己解決し視線をそらした。

左右には沢山の参列者が整然と並んでいた。そしてその人物は、正面の三代目の遺影に向かって真っ直ぐ歩く。喪服の裾から伸びる白い足が、ぴちゃぴちゃとこの雨で出来た水溜りを踏み鳴らしている。その足の細さや肉付きからして、年の頃は青年ほどに見えた。

また、番傘から覗くたわやかな緑の黒髪はその者が歩く度に静かに揺れ、喪服と同じ色の履物と血の気のない真っ白の肌はどうもこの世のものとは思えずに、周囲にいてそれを目撃した人々に妖しい印象を与えたが、それと同時に奇妙で神聖な感覚が彼らを包んだ。

そんな不思議な番傘の人物に視線を奪われた参列者は、その者が白い大輪の菊の花を腕に抱き、一歩一歩前へと移動する様を食い入るように見詰めていた。三代目の棺に手向けられた沢山の花の上に、その人物が持参した菊をそっと乗せると、側に跪いたその人は頭を垂れた。

カカシは、前列から少し中に入った位置でその様子を見ていた。彼もここに到着したのは今から数分前のことであった。立ち上がった人物が、来た道を後列の方へ向かって戻って来る時に、彼はその者へと視線を投げた。しかし、番傘の柄を深めに持ったその人へはカカシの視線も届かず、目を合わせることもなかった。




次第に雨足も弱まり、最後、黙祷を捧げる頃になると雨は止んだ。集まった人々の湿っぽい顔に、分厚い雲の隙間から顔を覗かせる太陽のきらきらとした光が差す。そんな中、葬儀に参加していたナルトがアカデミー時代の恩師であるうみのイルカに対して言った。

「…なんで人は、人のために命をかけたりするのかなぁ…」

「人間が一人死ぬ…なくなる。過去や今の生活。そして、その未来と一緒にな…。 たくさんの人が任務や戦争で死んでゆく。それも、死ぬ時は驚くほどあっさりと…簡単にだ」

イルカは、泣いて腫れぼったい目をした木ノ葉丸の傍にしゃがみながらナルトにそう答えた。彼の視線は、亡き三代目の遺影に注がれている。ナルトは火影岩を眺めていたが、真剣な声のイルカ先生の「死にゆくものにも夢や目指すものはある。しかし誰にもそれと同じくらい大切なものがあるんだ」という言葉を聞いて静かに彼へと視線を向けた。

「両親。兄弟。友達や恋人。里の仲間たち…。自分にとって大切な人たち…。互いに信頼し合い、助け合う。生まれ落ちた時からずっと大切に思ってきた人たちとのつながり…そして、そのつながった糸は、時を経るに従い太く力強くなっていく」

傷だらけで頬と額にガーゼを貼り付けたナルトの、空色の瞳にはどこか遠くの方を見ているようなイルカの横顔が映っている。彼の傍に立つ木ノ葉丸は、ゴシゴシと涙で濡れた目元や頬を袖で拭った。

「理屈じゃないのさ! その糸を持っちまった奴はそうしちまうんだ。…大切だから、」

「…うん。なんとなくはオレにも分かるってばよ…」

そう呟いたナルトは、その空色の瞳を今度はじっと正面の遺影に向けた。それからぽつりと「でも…死ぬのは辛いよ」とか細い声で言う。それを聞いた木ノ葉丸は、ヒクッと喉を鳴らした。そんな彼の肩にイルカは手を乗せて優しく摩るように撫でた。先の言葉を受けて、今度はナルトの後方に立つ彼の担当上忍のカカシが声を発した。

「三代目だってただで死んだわけじゃないよ。ちゃんとオレ達に大切なものを残してくれてる…」

ナルトは不思議そうな目をカカシに向けた。その視線を受けて「ま…いずれお前にも分かるようになるさ」と言えば、いつもの顔をして力強く「うん…!」と言って頷いたナルトが「それも何となく分かるってばよ…」と口元に笑みを携えた。――参列者がそれぞれの家へと散り散りになって帰っていく。イルカは仲間の元へ駆けて行く元教え子の、また少したくましくなった後ろ姿を見て確信していた。

///

「三代目」イルカは人知れず静かに呟いて天を仰いだ。

『今アナタは、遠い空の上でわたしたちを見ていることでしょう。 木ノ葉隠れの小さな木ノ葉たちには、どうやらアナタの言う火の意志が、ちゃんと受け継がれているようです…』

木ノ葉に着いたその小さな火種は、やがて強く大きく燃えて――またこの里を照らし、守るのでしょう…。

いつの日か―――新たな火影となって…。

20140108
title by 207β
[top]