万物流転 | ナノ
7.死に塗れた祈り2
正午を迎えた火の国。朝から降る雨は、尚も降り続き、天も泣いている様だった。木ノ里の忍び達の出発点である忍者学校アカデミーの屋上では、三代目火影猿飛ヒルゼンと、この戦いで命を落とした大勢の優秀な忍びや争いに巻き込まれた一般人の葬儀が厳かに行われていた。

この葬儀には、怪我人を含む大勢の忍び達が出席した。また、屋上に入り切らない他の忍や一般の人々もアカデミーの敷地内へ入ってきて、亡き人々を追悼した。遺影の中で微笑む三代目は、雨に打たれ暗い顔をする木ノ葉の忍者を見詰めていた。また、その木ノ葉の忍一人ひとりに受け継がれた火の意志を確信し、生前の彼と見紛うほど亡骸の表情は安らかである。

三代目の息子である猿飛アスマは、はたけカカシと同じく、夕日紅や、マイト・ガイと共にこの里の将来の担い手を育むために上忍師をしており、現在は第十班を受け持っていた。そんな彼は今、紅の隣りで険しい表情をして父の遺影を睨んでいる。そんな彼に気付いた紅が、彼の下ろされた手にそっと触れると、隣りを一瞥したアスマは彼女の気遣いに目を伏せ落涙した。

三代目の孫にあたる猿飛木ノ葉丸は、彼の目標としてきた愛する祖父の死を受け入れるにはまだ幼く、人目も憚らずに声を震わせて泣いていた。隣りに立つうみのイルカは膝を折り、そんな木ノ葉丸の肩に手を回した。彼もまた、幼き頃、九尾の妖弧に忍であった両親を奪われ、孤独な少年時代を三代目火影によって救われていた。そしていつか三代目から自分がしてもらったように、泣きじゃくる小さな木ノ葉丸を優しく胸に抱いた。

額や頬をガーゼで覆い、その光景を見ていたうずまきナルトは何も言わず、隣りに立つ油女シノや犬塚キバと同じようにただ黙っていた。ナルトには、物心がついた時から両親の存在がなかった。里に暮らす他者から向けられる鋭く冷たい視線に、聞くに堪えない悪口雑言に、彼は、泣いて泣いて、泣いた。けれども、彼は、他者を恨み憎しむことはせず、根腐れすることもなかった。

生前の三代目火影は、ナルトが――彼が他者に認めてもらおうと努力することを、どれだけ辛くあたられても、これまでの一度たりとも諦めたりすることはなかった点を非常に評価していた。また、三代目は、彼の境遇をこの里の誰よりも理解し、この里の誰よりも彼を愛している人物であった。

そして、火影になって里の者に自分の存在を認めさせると心に決め、それを己の忍道にしてからというもの、ナルトは人前では一切泣かなくなった。そうして努力していくうちに、ナルトには仲間が出来た。しかし、彼が一番の心の安らぎを求めていた人物と言えば、やはり三代目火影であった。そんな彼が、この戦いで命を落としたのに、涙を見せないナルトの決意は、それほどまでに堅いものであることが彼の様子からは伺えるだろう。

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同時刻。場所は変わって、木ノ葉慰霊碑前には、銀色の髪をした男と、紫黒の長い髪をした女が立っていた。女は、花を手向けにきたらしくその腕には菊の花を抱えていた。男は、背後に立つ女に向かって「ハヤテへか…」と声をかけた。

何やら悲愴の色を宿す瞳で慰霊碑の一番下に刻まれた文字を見詰める女は、その男の声に返事はせず、ゆっくりと歩いて彼の隣りに並んだ。そんな二人を、空の涙が濡らしている。まるで、泣けない彼らの代わりだと言っているかのように…。

「三代目の葬儀がもう始まってる…急げよ、」

男は、隣りに来た女に向かって唇を動かさないように彼女に聞こえるだけの音量で言った。女はその言葉にしばし沈黙し、ゆっくり口を開いた。それは、肯定でもなく否定でもなかった。目を閉じて慰霊碑に手を合わせる女を、男は横目で一瞥するとゆっくりと踵を返した。緩慢な歩みで離れていく気配に、女は目を閉じたまますかさず声を掛けた。

「カカシ先輩こそオビトさんへですか…? いつも遅刻の理由を考えるぐらいなら、もっと早く来てあげればいいのに…」

男の遅刻癖は、それはそれは有名であった。このように後輩から、たびたび口に出される程度には男は遅刻魔として名高かった。男は女の言葉を聞き、不透明な黒い瞳を足元に向けてぴたりと止まった。そのまま黙止て、重たい口を開けた。

「…来てるよ…。朝早く…」

女は、閉じていた目を開いて後ろを振り返った。それは、彼女が先輩の男の発言に驚いての行動であった。恐る恐ると女は男の名を呼ぶ。男は、そのまま後輩の女に背を向けたまま言った。背中からは彼が今、一体、どんな顔をして話しているのか見えない。けれど、女には、男の表情がうっすらと見えているような気になった。

「…ただ、ここに来ると――昔のバカだった自分を、いつまでもいましめたくなる」

男はきつくきつく自分の手を握り締めていた。指先が白くなっても、爪が手の平に突き刺さっても。女は、男の深い後悔と軽蔑に似た自嘲の言葉に、ただただ閉口する他なくその場に立ち尽くした。

「俺はもう行く。お前はどうするの?」

「――私は、まだ…ここに」
「…ふーん。 ま、早く来るんだよ、卯月」

男の声に、小さく返事をした女。まもなくして男の気配が背後から消える。卯月夕顔は両目から溢れる涙を我慢することはなく、その場にくずおれた。はしたないと自分で自分を不躾者だと思いながらも、声を上げて泣いた。彼女は暗部であった。彼女はいつも面で顔を覆い、過酷な任務を乗り越えてきた。

夕顔は、慰霊碑の端の文字に冷えた指先で触れた。その文字は『月光ハヤテ』と刻まれている。先ほどの男――カカシも口にしていたこの『ハヤテ』という名の忍者は、里の特別上忍であり、夕顔の恋人でもあった。夕顔はこの忍のことを心の支えに、どんな辛い任務でも必死に耐えてきた。しかし、彼はつい先日、砂と音の秘密の計画を知り、そのために抹殺されてしまったのだ。

突然の別れである。彼女自身も覚悟していたし、彼もその覚悟の上で交際を決断していた。しかし、やはり、今はもう自分の隣りで息をし笑う合うことも出来ない。そして、彼(あ)の温かな存在がいないことを思うと、胸が張り裂けてしまいそうに苦しいのだ。悲しいのだ。いくら忍術を極め、人をこの手で殺めてきたとしても、忍である前に、彼女は人間だ。何の感情も持たぬ道具には、やはり成り切れない。いくら覚悟していた忍の宿命とはいえ、彼らが別れるのには、早すぎた。

雨は降り止まない。雨はざあざあと彼女の髪に、肩に降り注いだ。そうして、彼女の声が嗄れる頃、ふらふらと力なく立ち上がった夕顔は、ぐっしょり濡れてしまった喪服の袖で顔を拭った。その頃になると、もう自分の顔が濡れているのが、涙のせいなのか、それとも雨のせいなのか、彼女には区別が付かないでいた。

20140107
title by 207β

*アカデミーの場所については『兵の書』P.21より。しかし、オフィシャルアニメーションBOOK秘伝・疾風絵巻には、単行本六十ノ巻のあの場所は、火影邸になってるという矛盾!
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