万物流転 | ナノ
6.花を抱くその手で剣を握る5
今は立ち入り禁止区域となっているうちは一族の門の前に来ると、俺は一度足を止めた。そして、彼女に道案内を頼み、そこからは瞬身を使わず歩いて行くことにした。もちろん、この間もずっと俺は後輩を横抱きにしている。嫌がる素振りも見せず、淡々と指示を出していく腕の中の彼女に目を落としながら、俺は昔の記憶を辿っていた。

彼女の家に着くと、玄関の前に彼女を下ろした。そこでようやく気付いたのだが、彼女は素足であった。ぴたぴたと石畳の階段を上がり玄関を開けると鍵がかかっており開かない。ちらりと困ったという視線を向けられ「壊しても良いの?」と一応確認を取って、彼女が頷くのを見ると、俺は玄関を破った。

玄関から一歩、数年振りの我が家へ足を踏み入れた彼女は、数秒の間その場から動かなかったが、また少しして「ありがとうございました」と俺に向き直って言った。俺は玄関の壁にもたれながら返事をすると彼女はそのまま家の奥へと足を運び、階段を登っていった。

程なくして帰ってきた彼女は、先ほどの白い着物とは違い喪服を着ていた。その白と黒の対比により、彼女の白さが一層際立っている。そして、下駄箱を開けてそこの中から黒いブーツ型サンダルを取り出して並べた。その時に流れた彼女の髪は、それまで覆っていた細いうなじを外気に晒し、自ずと喉が鳴った。そして、背面の襟の部分に、家紋が刻まれていたのを見つけた。

「お前はそれで行く気?」
「はい。そのつもりです。…そのつもりでしたが、何かまずかったでしょうか?」

頭を右にちょこんと傾けて尋ねる姿に色んな意味で血を吐きそうになった。見慣れた赤い瞳ではなく、本来の彼女の持つ黒く澄んだ瞳に見詰め返されると、なんだか自分がどれだけ汚れた人間をやってきたのかが思い知らされて、ちょこっと気まずくなる。

「お前さ、ちょっと戦闘から離れたからって無防備になりすぎ」
「…そうでしょうか?」
「お前ね…。カラスは、うちは一族の自覚あるの?」
「もちろんですよ」
「それじゃあ、一族が殲滅させられた理由も知ってるでしょ?」
「…はい。もちろんです」

そこで彼女の声が硬質なものに変わるのを感じて、言い過ぎたと思った。しかし、一度口をついて出てしまった言葉は、もう取り返しはつかない。怒りに膨れ上がった彼女の気にあてられ、俺は思わず一歩退いた。

「――カカシ先輩こそ、私をなめてるんですか?」
「こらこら。…こんなことで、無駄にチャクラを消費しないの」

「ほら、写輪眼引っ込める」と茶化すように言ってはみたものの、あのまま写輪眼の瞳術を発動されようものなら、病み上がりらしき彼女の力と言えども、三日三晩は寝込むことになっていたかもしれない。そんなことを考えると、彼女の前では例の件を口に出すのはもう止めようと心に決めた。

「これからお前はどうしたいの?」

「…そうですね」
「もしこのまま会場へ行くなら連れて行くけど、まだ時間早いし…」

立っている俺が彼女を見下ろしながら問えば、困ったように眉尻を下げて微笑むばかりの後輩は、年相応の少女のように見えた。先ほどの飲み込まれそうになる程の気を発していた人物と同一であることは、にわかに信じ難い。

「それに俺、葬儀場へ行く前に行きたいところがあるんだけど」

「――あそこですね?」
「…あぁ」

「大丈夫です。場所は猿猴王様から聞きましたので…うちはの家から会場までは、自力で行けます。今日はご迷惑をおかけしました。ここまで連れてきて下さってありがとうございます」

床に両手をついて頭を下げると、その動作に続いて流れるような黒髪が背中から床にかけて広がった。笑みを絶やさず、気丈に振る舞う彼女を見ていると、俺は何だか得体の知れない不安のようなものが胸の中で燻った。決して他者に自分の弱さを見せない彼女は、遠い日の彼にもどこかが似ている。

「そんなに私は信用がないでしょうか?」

顔を上げた彼女はやはり困り顔で、流れる黒髪を耳に掛けた。その仕草を見ながら「そりゃ、お前…あの部屋からここまで誰がわざわざ運んでやったと思うのよ」と呆れた目を向けると、パッと俺に顔を向けた彼女は言い返してきた。

「それはっ!…私は一人でも大丈夫だと言いました。けれど、猿猴王様が、三代目様からの言い付けを破ることは出来ないとおっしゃったので…私は、三代目様の遺言を守っただけです」

尻すぼみの彼女の言葉が終わると、しばらく俺たちは沈黙した。どうやら、三代目火影の口寄せである猿猴王は、主が万が一の際には俺に彼女のことを預けるつもりでいたらしい。つまり、元よりこの後輩には、俺以外の選択肢はなかったということだ。少しだけ、暗部時代の先輩である俺を唯一頼ってくれたのかと思っていたところがあって、少しだけ残念に思う。

「あそ…それじゃあ、」
「はい。…あの、カカシさん」

踵を返そうとすると、右手の服の裾を引っ張られる感覚に「なに?」ともう一度彼女の方を向き直る。それからすぐ、右の裾はパッと離されて、彼女の黒い瞳が再び俺を見上げた。

「いえ…自己紹介がまだだったなぁと思いましたので…」
「あ、そう。…それじゃあ、改めて。俺ははたけカカシ」

正座する彼女に向かって手を差し出しながら「今は、第七班の上忍師をやってるよ」と続けた。彼女は俺の手を、その白くて柔らかい手で取ってやんわりと握り返した。

「私は――うちはレイリです」

「ふぅん。やっぱりお前がレイリだったんだね」
「…? やっぱりってどういうことですか?」

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「――それは…お前が知らなくてもいいことだよ」

玄関の戸を閉めた俺の呟きは、きっと彼女には届いていない。

20140104
title by 207β
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